同じタイトルで、ネトウヨやコスウヨが歴史を知らないことや、戦争を知っている世代は、戦争中、戦争指導者の唱える「一億玉砕」のバカバカしさを認知していたが、口に出すと弾圧されるので、そのまま続けていた話を書いた。

今回は、津久井やまゆり園での事件後、障害者施設の職員が不審者にどう対処するかということをめぐって、その平和ボケぶりを問題にしたい。

南堂ちゃんのブログにこんな記事があった。

侵入者対策の防犯用具

南堂ちゃんは「さすまた」を使った不審者への対応を否定している。



職員1人では「さすまた」を使って不審者を取り押さえることはできないからだ。



南堂ちゃんは、「さすまた」ではなく、木刀で対応すべきだと言っているのだが、オイラは、道具ではなく、その使い方に問題があると思うのだ。

不審者は、サバイバルナイフや包丁を所持し、それを振り回したり、突き刺そうと突進してくる。そこで「さすまた」で、図のように、相手の首に一撃を加える。



この一撃で倒すところがミソで、そうでないと相手に刺されてしまう。

中学・高校時代に剣道をしていたが、「突き」が外れたり、誤って首周辺に竹刀が当たったときの痛さは尋常ではない。死にはしないが、一時的に呼吸困難になったり、しばらく動けないのだ。この間に、不審者から武器を取り上げ、拘束してしまえばよいのだ。

武器は何でもよいが、相手が死んでしまうと夢見が悪いので、なるべく死なない武器がよい。「さすまた」は、点ではなく、線で当たるので、突き刺さることはない。

剣道の竹刀は、先端部にゴムが入っていて、その周りを皮革が包んでいるので、よほどのことがなければ死なない。南堂ちゃんは、剣道の心得がなければ、「突き」は当たらないなどと書いていたが、べつに一本を取るのが目的ではない。首の周辺に当たれば、とにかく痛いので、相手がひるむ。鎖骨なんて簡単に折れるので、それだけで気絶してしまう。一発で決めるのが理想だが、そうでなくても、打撃が数発続けば、相手が戦意を喪失するのだ。

しかし、木刀や物干竿では、相手が死んでしまうことが予見できるので、正当防衛が認められない可能性がある。そんな状態だと、思いっきり突くことができず、相手にやられてしまう。あと、物干竿は、狭い室内では扱いにくく、けっこう重い。

その後、南堂ちゃんは、このような盾で身を守りながら、木刀で戦うことを主張しだした。



これもオイラはなんだかなぁと思う。盾だけで相手を鎮圧できるからだ。相手の一撃を盾でかわした後、盾の下の部分で、相手の首を突いたり、腹を突いたり、スネを叩いたり、つま先を潰したりすれば、相手は倒れる。そしたら、武器をもった腕を潰して、武器を取り上げ、拘束すればよい。相手は大ケガをするので、パトカーとともに、救急車を呼んであげよう。

このようなことを書くと、オイラが凶暴のように見えるが、じつは、そのとおりである。オイラは、もともと凶暴なのだが、人を傷つけてはいけないという「超自我」によって、温厚な人物だと思われているにすぎないのだ。

2016.08.19 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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