建築エコノミスト氏が書いた『魁!! クロマティ高校』の説明が変です。

つまり、「魁!!クロマティ高校」は、偏差値中心、エリート文化中心主義を批判する意味では、レヴィ・ストロース的であり、神山と共にフィールドワークをしていくことが読者の役目でもあるのです。

「魁!!クロマティ高校」の哲学的考察 3

『魁!! クロマティ高校』は構造主義哲学で描かれていると書いているのですが、これってホントなんでしょうか。

そもそも彼のいう「構造」がかなり変です。

学ラン、襟開け、パンチパーマ、リーゼント、スキンヘッド、頭髪脱色、マユ剃り、ミケンにシワ、ガン付け、ダラダラ歩き、ニラミ返し、ペッタンコカバン、そういったものが「不良の構造」ということになるようです。

「魁!!クロマティ高校」の哲学的考察 3

これらは、不良の「構造」というよりも、不良の「記号」です。このようなカッコと行動をすることは、自らが不良であるというアイデンティティを持ち、他者(一般人や不良仲間)から不良と見なされるための「記号」なのです。

「記号」は、シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)が結びついたもので、上記のようなカッコや行動はシニフィアンであり、それらによって意味されるもの、すなわち不良がシニフィエとなります。

「構造」は、「記号」のように見た目でわかるものというより、目に見えないもので、「記号」の秩序を形づくっています。この場合は不良の行動規範のようなものを指します。たとえば、売られたケンカは買わないといけないとか、上位の者の命令は下位の者は従わなければならないが、上位の者は下位の者を必ず守らなければならないとか、タイマンでの決闘を申し込まれたら、大勢で迎え撃ってはいけないなどが不良の行動規範=「構造」です。

不良マンガというのは、不良の「記号」をつけていればよいのではなく、不良の「構造」=行動規範を身につけた者のマンガなのではないでしょうか。『魁!! クロマティ高校』は、不良の「記号」を負ったキャラが登場しますが、彼らの行動は不良の行動規範に従っているようで、じつはそうでもない。むしろ、不良の行動規範をおちょくっており、それを解体するような話が多いのです。上記の記事にこんな台詞があります。

「そろそろうちのクラスでも最強の男ってのを決めよーぜ!!」

「特に俺らは個性が強えから上でシキってくれるヤツがいねえとまとまんねぇしな!!」

最強の男ってクラスごとで決めることかよ!ってツッコミを入れたくなりますよね。

『魁!!クロマティ高校』は、キャラに不良の「記号」をつけてはいるが、基本はギャグマンガであり、不良の「構造」=行動規範を解体させています。構造主義というより、むしろポストモダニズム・マンガなのではないでしょうか。


ところで、不良=ヤンキーというと、AKB48の「マジすか学園」というのがあります。アイドルがやっているから、ヤンキー・ドラマをおちょくっていると思われがちですが、じつはそうではありません。このドラマの主人公が口にする「マジ」は、まさに不良の行動規範=「構造」だからです。

このドラマ、シリーズになっていますが、話の「構造」は3つに分けられます。

   1.転校生がテッペンを目指す。
   2.学園を敵(ライバル校)から守る。
   3.プリズンからの脱出。

この3つです。では「マジすか4」以降はどうなっているかというと、このようになっています。

   4.1と同じ。主人公が代わった。
   5.2と同じ。敵はヤクザ。
   6.2と同じ。資金稼ぎでキャバ嬢になる。

3は、不人気だったので、後続作品がありません。

前田がメガネを外すと強くなるとか、さくらがセーラー服のネクタイを外すと強くなるとか、メガネやネクタイが拘束具の「記号」だったりするのもオモシロイです。

2016.11.28 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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