板垣退助って大河ドラマの主人公にふさわしい?

という記事を書いたが、12月13日放送の「林修の今でしょ!講座」の「大河ドラマの主人公にしたい偉人講座」で、磯田道史氏が板垣退助とならんで、上杉鷹山(治憲)をあげていた。

上杉鷹山は、破産しかけた米沢藩を建て直し、日本でもっとも古く(1795年)公娼制度を廃止した名君であるが、大河ドラマにするにはマズイところがある。それは、鷹山の正妻が知的障がい者であったということである。

鷹山は、もともとは日向(宮崎県)高鍋藩主・秋月種美の次男であり、9歳のとき、米沢藩主・上杉重定の養嗣子となった。16歳のとき家督を継ぎ、18歳で重定の二女で2歳年下の幸姫(よしひめ)と婚礼をあげるが、彼女に知的障がいがあった。鷹山は、幸姫を邪険にすることなく、30歳で彼女が亡くなるまで、雛遊びや玩具遊びの相手をし、仲睦まじく暮らした。

この時代、家付き娘と結婚しても、子どもが産まれなかったら、その娘を家から追い出すことができた。酷い話だが、『東海道四谷怪談』のモデルとなった『四谷雑談(ぞうたん)』もこの手の話だ。岩と結婚して田宮家の養子となった伊右衛門は、岩に暴行を働き、家から追い出してしまう。しかし、それは、伊右衛門の上司・伊東喜兵衛の陰謀で、自ら妊娠させた花を伊右衛門に押し付けるためだった。そのことを知った岩は失踪してしまい、その後、田宮家と伊東家に不幸が続くという話だ。

現代でも、子どもに知的障がいがあると、妻に任せきりにしてしまったり、ひどいと離婚(もちろん子どもの養育は放棄)してしまう男がいるということを考えたら、鷹山は立派である。しかし、ドラマでは、健常者である女優が知的障がい者を演じることになるので、諸方面からの抗議が予想される。NHKはそういうことを嫌うので、鷹山は大河ドラマの主人公にはなれないだろう。

ちなみに、父である重定も、娘に知的障がいがあることを知らなかったようで、娘の遺品を手にして初めてそのことを知り、不憫な娘への治憲の心遣いに涙したという。現代社会では信じられない話だが、家督を譲ってからは米沢に隠居し、江戸藩邸の娘とは幼少時から顔を会わせていなかったそうだ。

幸姫が子どもを産めないので、鷹山は、29歳のとき、10歳年上のお豊の方(浄鏡院)を側室とした。2人の男児が生れたが、2人とも早世してしまい、養父の実子・治広に家督を譲っている。重定が、実子がいるのに、鷹山を養子に迎えたのは、鷹山が、幼少のころからたいへん頭が良いことが知られていて、藩財政立て直しのため、ぜひとも養子にしたかったからだ。

鷹山のように、公私ともに立派な殿様というはめずらしいが、上のような理由で大河の主人公にはなれないだろう。

2016.12.14 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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