新大河ドラマ、スタート直前にこんな情報。

 「女城主」として知られ、来年のNHK大河ドラマの主人公にも決まっている戦国時代の遠江(とおとうみ、静岡県西部)井伊谷(いいのや)城主、井伊直虎(なおとら)。その「直虎」を名乗ったのは女性ではなく、いとこにあたる別の男性だった可能性を示す史料が新たに確認された。14日、井伊家の史料を収集する井伊美術館(京都市東山区)が発表した。

     (中略)

 これまでの通説では、直虎は、井伊谷城主、井伊直盛(なおもり)の娘の次郎法師(?~1582)が名乗って家督を継ぎ、後に徳川家の重臣となる井伊直政の養母となったとされてきた。

 発見された史料「守安公書記(もりやすこうしょき)」(全12冊)には、今川氏真(うじざね、義元の子)の配下にあった井伊家について記されており、井伊谷の領地が直盛の義理の兄弟・新野左馬助親矩(にいのさまのすけちかのり)の甥(おい)にあたる井伊次郎に与えられたとの記述があった。

「おんな城主直虎」は男だった? 大河主人公に新史料



   NHK「ケチつけんなや」
   朝日「史実なんだからしょうがないだろ」

…ってこと。w


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「おんな城主直虎」は男だった? 大河主人公に新史料
大村治郎2016年12月15日02時00分

 「女城主」として知られ、来年のNHK大河ドラマの主人公にも決まっている戦国時代の遠江(とおとうみ、静岡県西部)井伊谷(いいのや)城主、井伊直虎(なおとら)。その「直虎」を名乗ったのは女性ではなく、いとこにあたる別の男性だった可能性を示す史料が新たに確認された。14日、井伊家の史料を収集する井伊美術館(京都市東山区)が発表した。

 井伊氏は徳川幕府下の彦根藩主として有名だが、戦国期には遠江の井伊谷の領主で、今川義元に代表される今川氏の配下にあった。

 これまでの通説では、直虎は、井伊谷城主、井伊直盛(なおもり)の娘の次郎法師(?~1582)が名乗って家督を継ぎ、後に徳川家の重臣となる井伊直政の養母となったとされてきた。

 発見された史料「守安公書記(もりやすこうしょき)」(全12冊)には、今川氏真(うじざね、義元の子)の配下にあった井伊家について記されており、井伊谷の領地が直盛の義理の兄弟・新野左馬助親矩(にいのさまのすけちかのり)の甥(おい)にあたる井伊次郎に与えられたとの記述があった。

 直虎の存在を直接示す史料は1568(永禄11)年、新野左馬助の兄とされる関口氏経(うじつね)との連名で徳政令を出した時の書状しか見つかっていない。書状には「次郎直虎」の署名が残る。

 彦根藩から分藩した分家の当主を2005年に継いだ、同館の井伊達夫館長(74)は「井伊次郎が新野左馬助の甥、という記述から、次郎法師とは別人とわかる。次郎法師は徳政令反対派だったので、井伊次郎が父の氏経と連名で出したと考える方が自然。井伊次郎こそ直虎と名乗った可能性が高い」と指摘する。今回見つかった史料に「直虎」の文字は見当たらなかったという。

■井伊直虎、揺れる人物像

 井伊直虎とは誰のことだったのか。「女城主」とされてきた人物とは別の男性が直虎だった可能性を示す文献史料が見つかり、直虎像が揺れている。

 磯田道史・国際日本文化研究センター准教授(日本近世史)は「内容も詳細で、次郎法師のいとこが直虎を名乗った可能性が見て取れるなど興味深い。初期の井伊家を研究する上で貴重な史料だ」と高く評価する。一方で「今回の史料で直虎と名乗った可能性のある人物も、その後の行方がよく分からない。今後の系図研究などが重要になる」と指摘する。

 直虎を研究する夏目琢史(たくみ)・一橋大付属図書館助教も新発見に注目する。「非常に面白い史料。今後、井伊家や木俣家のほかの史料とつきあわせて検証が進むことに期待したい」

 史料を発見した井伊美術館の井伊館長(74)は滋賀県彦根市生まれ。甲冑(かっちゅう)や刀剣の研究家として知られる。彦根藩から分藩した分家の当主を2005年に継いだ。今回見つかった古文書群は、約50年前に滋賀県彦根市の古道具店で購入した。今年8月にNHKの取材を受けた際、史料を改めて調べたところ、偶然「井伊次郎」の記述を見つけたという。

 史料は1735(享保20)年に編集され、その中の「雑秘説写記(ざつひせつしゃき)」という史料に、新野左馬助の娘らに1640年、親矩の孫で彦根藩筆頭家老を務めた木俣守安(きまたもりやす)が聞き書きした記録などが収められていた。

 「井伊谷の知行(領地)は新野左馬助殿の甥(おい)である井伊次郎殿に与えられた」「井伊谷は力を持った武士たちが勝手に所領の取り合いをし、わがまま放題をして沈静化しないので(氏真が)関口越後守(えちごのかみ、氏経)の子を井伊次郎とし、井伊谷の知行をあてがった」との記述もあった。

 これまで「次郎直虎」は江戸中期の史料「井伊家伝記」に登場する女性「次郎法師」と同一人物だと考えられていた。伝記には「次郎法師は女だが、井伊家惣領(そうりょう)に生まれた」「井伊領の地頭職を務めた」という記述がある。だが、次郎法師が直虎と名乗ったかどうかについては書かれていない。

 井伊館長の記者発表に同席した母利美和(もりよしかず)・京都女子大教授(58)=日本近世史=は「決定的な史料だと思う。女性が直虎を名乗ったというドラマはドラマとしてあっていいが、地域おこしでは史実に基づいた取り組みをした方がいいのではないか。男性が直虎と名乗った可能性は押さえておくべきだ」。

 井伊家とゆかりの深い滋賀県彦根市の彦根城博物館では、来年10月から「2017年NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』特別展」を開催。主人公ゆかりの地の歴史や文化などを紹介する。同博物館は「今回京都で見つかった史料は全体を見ないと評価できない」とやや困惑気味だ。(大村治郎)

■NHK広報局「ドラマはあくまでもフィクション」

 大河ドラマ「おんな城主 直虎」の制作を進めるNHKの広報局は朝日新聞の取材に「ドラマはあくまでもフィクションです。1年間、視聴者のみなさまに楽しんでいただける大河ドラマを制作して参ります」と文書で回答した。

2016.12.19 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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