豊洲問題にかんするツイートに


こう反論された方が、つぎのように反論していた。

私は豊洲市場が消費者に気に入られるか否かを問題にしてるのではなく、扱われる食品や中で働く人の安全と効率の話をしています。食品産業は私の従事する建設業界と同じく、人気以前の問題として「それが安全かどうか分からない消費者にも安全を保証しなければいけない」産業だからです。

しかるに件のツイッタラーは、「どうせ豊洲は風評まみれで消費者に嫌われるからダメだ」という。(福島を例題に出すことの卑劣さにも怒りはありますが、ここではそれには触れない)

風評被害を期待する卑怯な議論

この是非についてはとくに問題にしない。むしろ、それにつづく方が問題だからだ。

この議論は安倍晋三がかつての著書で示した社会保障論と同じ問題を含んでいます。

安倍晋三氏は『美しい国へ』で年金制度は破綻しないとして、以下のような説を述べていました。すなわち、年金制度は国民全員が信頼して加入し掛け金を払えば絶対に破綻しない。破綻するのは、制度に信頼がなくなったときだ、というものです。

しかし、年金の将来的な資金不足は700兆円を超えているという試算があり、これを全員で信頼して支えるには多額の掛け金上昇と受給減額、税金からの補填を覚悟しなければなりません。その原因は、掛け金に対して8倍もの支給を決めてしまった自民党の過去の集票バラマキ行為のせいであり、役人の使い込みではない。こんなことは小学生の算術レベルでわかることです。

「みんなが信頼すれば破綻しない」
「みんなが買わなくなったら市場はもたない」

予測不能な国民の行動を都合よく推定し、実行可能で必要とされる年金改革や市場の安全確保を矮小化する。こうした議論は極めて卑怯な"ためにする議論"だと思います。

「掛け金に対して8倍もの支給を決めてしまった」のが、いつの時代のことなのか、よくわからないが、たしかに、むかしの社会保険料は安かった。しかし、それは、社会保障制度が未整備だったからで、その分、支給額も信じられないくらい安く、自腹(後述の「私的負担」)で親世代を扶養していたのだ。

国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、1960年→2000年→2030年(予測)→2050年(予測)の人口構成の推移は、65歳以上の人口が、5.7%→17.4%→29.6%→35.7%と増加する。これに対して、20~64歳の人口は54.3%→62.1%→54.9%→49.6%とほぼ一定だ。



なぜそうなるかというと、19歳以下の人口が40.1%→20.5%→15.6%→14.8%と減少するからだ。つまり、いつの時代でも約半分の人口で残りの半分の生活をみていることに変わりない。

今の日本では、子育ては「私的負担」で、高齢者の生活は「公的負担」で行われている。しかし、この問題は「私的負担」と「公的負担」を合わせた「総負担」で考えなければならない。

   総負担=私的負担+公的負担

「公的負担」だけ見ると、社会保障制度は崩壊しそうに見えるが、「私的負担」を含めた「総負担」で見ると、そんなことはない。

もちろん、子育てにもっと「公的負担」をすべきとの議論もあるし、そもそも日本は国民負担率[(税金+社会保障費)/GDP]が40%で、アメリカを除く、先進国(50~60%)より少ないという問題がある。

2017.02.17 | ├ 経済ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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