欅ちゃんたちが、ライブ始まりで「謙虚・優しさ・絆、キラキラ輝け欅坂46!はいっ!!」ってかけ声をかけるけど、この「謙虚・優しさ・絆」は徳目なんだよね。w

現在の道徳教育では徳目主義(徳目を唱えれば、そのとおりになる!)は否定されていると過去に何度か書いたことがあった。

道徳教育の研究
徳目主義はいかん


しかし、日本人は徳目が大好きだ。某森友学園なんか、これぞ徳目主義という「教育勅語」を園児に暗唱させてるんでしょ。w

そのくせ、副園長が、道を歩いていた小学生が挨拶しなかったからって、暴力振るったんだってね。百歩譲って、自分の幼稚園の園児が挨拶しないのだったらまだしも、道を歩いていた小学生が挨拶しないからって、わけわからん。

暴力振るわれた小学生って、この幼稚園に通っていたのかね。だとしたら、挨拶したくない理由が小学生にもあったんだろう。小学生くらいだと、幼稚園の先生に会ったら、「先生、先生」ってウザイくらいだから…。まさに副園長の「不徳の致すところ」じゃないの?

「教育勅語」には「博愛衆ニ及ホシ(広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)」ってあるんだから、実践して欲しいよね。副園長には…。


現代の道徳教育は、実際の場でどう判断するかが問題となる。有名なマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』に出てくる「暴走する路面電車」のようにだ。

  あなたは路面電車の運転士で、時速60マイル(約96キロ)で疾走している。前方を見ると、5人の作業員が工具を手に路線上に立っている。電車を止めようとするのだが、できない。ブレーキがきかないのだ。顔が真っ白になる。5人の作業員をはねれば、全員が死ぬとわかっているからだ。(はっきりそうわかっているものとする。)

  ふと、右側へとそれる待避線が目に入る。そこにも作業員がいる。だが、1人だけだ。路面電車を待避線に向ければ、一人の作業員は死ぬが、5人は助けられることに気づく。

  どうすべきだろうか。ほとんどの人はこう言うだろう。「待避線に入れ!何の罪もない1人の人を殺すのは悲劇だが、5人を殺すよりはましだ」5人の命を救う為に1人を犠牲にするのは、正しい行為の様に思える。

このような具体的な場面でどうするかを考えるのが現代の道徳教育なのだ。徳目だと「汝、殺す無かれ[十戒]」だが、この場合、どうしたらよいのだろうか?


野坂昭如原作のアニメに「火垂るの墓」がある。これは野坂氏の実体験を元に書かれており、兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、戦火の下、親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとするが、その思いも叶わずに栄養失調で悲劇的な死を迎えていく姿を描いた物語だ。

しかし、野坂氏がテレビ番組に出演したとき(「徹子の部屋」だったと思う)、妹が栄養失調で亡くなったとき、これで自分の食べる分が増えると喜んでしまったのだそうだ。徳目では「兄弟ニ友ニ(兄弟・姉妹は仲良くしましょう)[教育ニ関スル勅語]」だが、戦中・戦後の食糧事情ではそのような気持ちにはなれなかったと語っていた。

オイラの母親は、戦争中は小学生で、栃木県の田舎に住んでいた。だから、父親とちがって、空襲などの体験はない。しかし、近所の家に疎開してきた赤ちゃんのことは忘れられないと言っていた。その赤ちゃんの母親は空襲で死んでしまい、父親が連れて来たのだが、お乳が出る人がいないので、どんどん痩せてしまったそうだ。重湯を飲ませていたが、下痢してしまい、最後はシワシワで茶色くなって亡くなったそうだ。だから、母親は戦争は嫌いだと言っていた。


最初に「謙虚・優しさ・絆」は徳目だと書いたが、やはり徳目どおりには行かないのが現実だ。

ねる(長濱ねる)は、途中加入のメンバーで、最終審査を受けていない。それは、両親が、アイドルになることに反対で、最終審査の日にねるを連れ帰ってしまったからだ。ねるは、長崎県の進学校に通っており、それを捨ててまでアイドルになる意義を両親は理解できなかったからだ。しかし、連れ帰った後もねるの気持ちは変わらず、結局、両親はアイドルになることを許し、運営は(原田まゆ問題で困っていたので)、ねるの途中加入に踏み切ったのだった。

しかし、それは他のメンバーからしたら「寝耳に水」の話だった。とくに、よねさん(米谷奈々未)は、同じく進学校に通っていて、両親はアイドルになることに反対で、その両親を説得して加入したのだった。だから、ねるの中途半端な加入が許せなかったようで、加入直後のねるに「仲よくなれそうもない」と伝えたのだという。

ところが、いっしょに欅坂46の活動(ねるはひらがなけやきとの兼任)をするうちに、そのようなわだかまりはだんだんとなくなり、逆になんであんな酷いことを言ってしまったのかという思いが強くなってきた。そこで、「Keyabingo 2」の「Keyaroom」で、その気持ちを手紙に託し、ねるに書いたのだった。

徳目の「絆」は、このような日々の積み重ねがあって、初めて意味を持つ。だから、徳目主義ではダメなのであって、具体的な場面でどう行動するかを考えなければならない。

2017.03.08 | ├ 欅坂46 | トラックバック(0) | コメント(2) |

先週、自宅から30メートルぐらいの古くからの住宅地にスウェット姿でゴミ出ししていたら、登校中の見も知らない小学生の女の子に「おはようごさいます」と声をかけられてびっくりしたことがありました。

地元の校区の小学校が別に徳目主義というわけではないでしょうが、気持ちよかったですね。

一方、登校中の小学生を追い越した後、忘れ物に気づいてUターンしたら、走って逃げられてしまったこともあります。

「知らない男の人の挙動不審に用心しなさい」と親や学校から教えれているのか、本能的な反応だったのかわかりませんが。

自治会活動も盛んで(今年が私の当番です)、定年後のおじさんたちが黄色い上着羽織って昼間のんびりと見回りしてるような地域ですが。

近くに古い天満宮まである。子供たちが境内で放課後遊んでいます。

・・・いずれにしても、よその学校の子が「おはようごさいます」と言わなくて殴るなど論外ですが。

「心のノート」の問題はスクールカウンセラーには悩ましい問題です。

私の同郷の知り合いの大学の先生が、

「心のノート」とエンカウンターを生かした道徳授業/実践 「心のノート」とエンカウンターで進める道徳

なんていう本を学年別に出していて、何でも調子がいい、何十冊も本を出版しているせんせー(セミナー料金も高額!)なので、困ったものです。


2017.03.08 23:11 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

高校には道徳の授業がないので、「心のノート」の存在は数年前まで知りませんでした。私が教職課程を取っていた頃は、教科書なしでやるもんだと思っていたので。どうも、神戸連続児童殺傷事件あたりが導入のきっかけらしく、なんであんな例外的な事件で導入するのか?わかりません。

「道徳の授業に何を教えたらよいかわからない」が、「心のノート」肯定派の主な理由らしいのですが、道徳の教材なんて世の中にいっぱい溢れているので、わからない教師は世の中に興味がないのか?って思ってしまいます。ねるとよねさんの話だって、立派な教材になると思うし…。w

2017.03.08 23:40 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/7915-57897ab4