東日本大震災から6年ということで、それにかんするテレビ番組が放送されるようだ。

東京は震度5弱だったが、当時は、下図のようなボロ屋に住んでいたので、マジで倒壊する危険性があった。






ちなみに、裏の2階の窓が開いている部屋がオイラの仕事部屋で、ここで被災した。仙台で被災した虹花(石森)や軍曹(守屋茜)から見たら、そんなの被災じゃないよってレベルだけど…。

つぎの記事は震災の翌日(3/12)に書いた記事。

東北は津波と火災でたいへんなようです。あと、原発も心配だな。

学校は、今日が休みで、明日が試験返却日だったのですが、休校に…。

家では、DVDとCDのラックが落ち、中身が散乱。トイレのタンクの水が溢れ、鍵をかけていない窓がなぜか開いていた。ガスが止まり(これは自力復旧した)、大型の石油ストーブが動かなくなりました(これはいつの間にか直っていたw)。

あと、妹が、江古田まで行っていたのですが、電車も地下鉄も停まり、バスは走っていたけど人が多すぎて乗れない状態だった。友だちを送って池袋まで行った後、明治通りを通って帰ってきました。2時間ちょっとなので、10kmほど歩いたようです。

妹の話によると、西武鉄道は、駅のホームには閉鎖していたけれど、改札を開放してトイレなどを利用できるようにしていたそうです。それに対して、JRは、駅から人を出して、シャッターを閉めてしまったとか。

地震の被害は

書いてないけど、前日(3/10)に担当する教科の学年末試験があって、その日のうちに採点してしまい、当日(3/11)は行かなくてよい日だったので、家で成績をつけていた。そしたら、地震が起きた。

上でも書いたけど、なにしろボロ屋だったので、帰ってきた妹が「家が壊れてるんじゃないかと思った」と言っていたくらいだ。これ以外に、寝室の蛍光灯のスイッチが激しい揺れで壊れ、勝手に常夜灯が点いていたが、そのまま変えられなくなった。これは、家を建て替えるまで、復旧しなかった。w
このあと、福島第一原発事故で、放射能が東京に来た。

『AERA』がその危険性を特集で訴えたら、


世間を騒がしたと大バッシングされた。

放射能がくる

しかし、ホントに来たんだから、どっちが正しいのかは明らかだ。下図は日野市で放射線量を量っている人の記録だ。



関東地方の環境放射線量

3月15(火)~16日(水)の大きな山は15日に行われた「ドライベント」の影響で、21日(月)~22日(火)の小さな山は同日の風向と降雨が原因であろう。

「放射能」という言葉が、「放射線を発する能力」という正しい意味で使われていないと、エセ科学批判の連中が合唱していたが、「放射線を発する」放射性物質が東京に飛来したのは事実なんだから、アホか?って感想だけ残った。

ちなみに、小さな山の日に、母親が買物に行くと聴かないので、代わりに出かけ、たぶん被ばくした。orz

買物で被爆[ママ]

このあたりを最後に、東京が放射能の脅威にさらされることはなくなったが、このときの影響でホットスポットが見つかったり、金町浄水場で放射性物質が検出されて、騒ぎになった。

「フクシマ差別」をしてるバカが話題になっているが、東日本のかなり広い地域に放射性物質は飛来したわけだから、「差別してるんじゃねぇよ」ってことだ。

2017.03.11 | └ 福島第一原発事故 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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