前に軍曹(守屋茜)の東日本大震災の被災体験を紹介した。

末の松山浪こさじ

欅坂46には、もう一人、宮城県出身のメンバーいる。石森虹花なのだが、去年、彼女もその体験を書いていた。

私が東日本大震災を経験したのは
13歳、中学一年生でした。


その日はお姉ちゃんの卒業式で
ちょうど帰ってる時でした。

急に大きな横揺れがおき立ってることは難しく家族みんなで道路にしゃがみ込み手を掴みあってました。
目の前の道路は地割れしていてほんとに今までにない恐怖を味わいました。

電気やガス、全てのライフラインが止まりました。約、2週間。

3月という寒い時期、家族みんなで身を寄せあって暗い部屋の中で過ごしました。
一番苦労したのは食料よりも水です。

水は役場の方が近所の公園まで運んできてくれてみんな並んで水をもらいました。
私も小さいながら12[リットル]という重いタンクをもって必死に水を運びました。


情報も何もない中、震災3日後にやっと新聞が届きました。

津波で町がなくなってる写真が大きく載っていました。


何も信じられない…


まだ13歳だった私には受け入れられない悲しみがたくさんありました。



私は実際に津波で被災した町を見てきました。
言葉がなくなるほど悲しかったです。

道路の上には流れてきたおおきな船がありました。


私は道を歩く人の顔を見れませんでした。

3.11|石森 虹花

体験の内容は軍曹よりもキツイ。

今年の記事はもっと詳細な事実が書かれている。

虹花からメールです\ ♪♪ /6年。これからも|石森 虹花

目の前の家が倒壊したり、道路に地割れができる。帰ってきたら、家の中がめちゃくちゃになって、ライフラインがストップしている。これは、ふつうなら一生体験することのない、恐ろしい体験をしたわけだ。さらに、被災地を見に行ったら、家に船が刺さっていて、呆然としている被災者がいた。トラウマになりそうな体験談が書かれている。

このようなアイドルの被災体験は、社会に対する関心があまり高いとは言えない(人にもよるだろうけど)、ドルヲタたちに被災体験を伝える意義があるんじゃないかと思う。

2017.03.11 | ├ 欅坂46 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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