これは、もともとgooブログの方にあったのですが、こちらに再掲します。もともと3つの記事だったのですが、ここでは1つにまとめます。


以前、「東海道四谷怪談」(以後、「四谷怪談」)のもととなった「四谷雑談(よつやぞうたん)」を紹介しました。しかし、「四谷怪談」については、説明しませんでした。「四谷怪談」は四世・鶴屋南北によって書かれ、1824年に上演された歌舞伎の演目です。ここでは、『お岩と伊右衛門~「四谷怪談」の深層』(高田衛・著)を用いて、その概要を紹介します。

「四谷怪談」の初演は、1702(元禄15)年の赤穂事件*1を題材とした「仮名手本忠臣蔵」(以後、「忠臣蔵」)*2とともに、2日がかりで演じられました。ストーリーがわかりにくかったので、再演からは1日上演になりました。ストーリーがわかりにくいにもかかわらず、そのようにしたのは、「忠臣蔵」が義士の話であるのに対して、「四谷怪談」は不義士の話として、裏表の関係にあるからです。

*1 赤穂事件【あこうじけん】
  播磨赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(「忠臣蔵」では"塩冶判官[えんやほうがん]")切腹の原因をつくったとして、旧藩士のうち47人が1702(元禄15)年12月14日、江戸幕府高家・吉良上野介義央(同じく"高野師直[こうのもろなお]")邸を襲撃した事件。元家老・大石内蔵助良雄(同じく"大星由良之介")ら襲撃浪士は、翌年2月4日、幕府から切腹を命ぜられた。

*2 仮名手本忠臣蔵【かなでほんちゅうしんぐら】
  浄瑠璃。11段。時代物。2世竹田出雲・三好松洛・並木千柳(宗輔)合作。1748(寛延1)年8月14日より11月中旬まで大坂竹本座初演。赤穂義士の仇討事件を太平記の世界に移して脚色、先行の義士物を集大成した。全段を四季に配し、時代と世話が調和し趣向に富み、人物の配置と造型が秀逸で、忠義と恋と金銭の葛藤、人情・世態風俗の描写に優れ、浅野家臣に対する世間の共感を得て、上演回数は極めて多い。興行中、人形遣い吉田文三郎と竹本此太夫が対立して、此太夫が豊竹座へ移り、竹本・豊竹両座の芸風が混淆した。同年12月歌舞伎でも初演。以後小説・実録類の一系譜となった。
●序幕(初日序幕)

(一)浅草境内の場

江戸町人の信仰を集める浅草観音の境内は今日も賑わっている。とある茶見世では、参詣客の通人やら商人やら、風態のわるい地廻りまでが、茶を飲みながら、あれだこれだと勝手な事を言っている。ここで目立つのは、上手(右手)の楊子店で楊子を売っているお袖(お岩の妹、塩冶浪人・四谷左門の娘)の美貌であった。しぜんにその娘の話題になるが、茶見世の「かか」の話では、その娘も人に隠れて売春をしているという。騒然となるところヘ、参詣帰りらしき、供を連れた身分の高い老武士の一行がやってくる。供の医師・尾扇(びせん)との会話で、彼が当時権勢筆頭の、高野師直の家老で、伊藤喜兵衛といい、声高に塩冶の家の失脚をそしり、おのれの栄華を誇っているが、孫娘のお梅がある待にぞっこん惚れて、何が何でも、たとえ妻子ある人であっても、その人が忘れられずに、気鬱の病となっていること、伊藤喜兵衛がその孫娘のためなら、「たとえ金に飽かしても(その男を)聟に取る」という気でいることがわかる。

折しも、そこへ藤八五文(とうはちごもん)の二人の薬売りが来かかる。一人は帰ったが、残る直助は、実は元塩冶藩の奥田家に仕える中間であったが、四谷家娘のお袖に片思いして、今は楊子店で売子をしているお袖に盛んに言い寄る。しかしお袖には、まったくその気はなく、にべもない応答。

伊藤喜兵衛が、お袖の店から楊子を買おうとすると、先程の塩冶家への侮蔑のことばを聞いたお袖は、はねつける。伊藤はさては塩冶のゆかりかと悟り、言いがかりになり、直助が止める。

その時、反対側で騒ぎが起きる。見ると四、五人の非人乞食が、彼らの縄張のなかで、ことわりなしに物乞いをした老武士を捕えて、その老武士こそ、塩冶浪人・四谷左門だが、貧に迫られて乞食をしたのだった。詫びを入れてもきかず、踏んだり蹴ったりの乱暴。その騒ぎのなかヘ、人だかりを押し分けて、一人の浪人姿ながら、りりしい男が仲に入る。金を乞食らに渡して、四谷左門を救い出し、その上で、丁寧に妻と復縁させてくれと頼む。この水ぎわだったいい男こそが民谷伊右衛門で、四谷の娘お岩と好き合って結婚したのだが、親の左門によって仲をさかれ、お岩を取り返された男であった。

伊藤の孫娘は、その伊右衛門をただうっとりと見惚れており、「これは」と悟った喜兵衛は伊右衛門の挙動をじっと見ている。

さて、四谷左門は伊右衛門の頼みをすげなく拒絶する。その理由は、伊右衛門が、塩冶家の資金を横領した不義士だからである。伊右衛門は否認するが、左門は証拠まであげる。ここまでくると、伊右衛門は開き直って、左門の無礼を怒り罵倒する。
「もう頼まねえよ。とにかく舅だと思うからことばを尽し手を下げて、丁寧に話してあやまりもしたんだぜ。それにつけ上って何だ。手前は往来の人に物乞いをして、食うこともならねえ癖に、心が違うとか気に入らぬとか、やせ我慢の貧乏を助けてやろうと思うたのに、身のほど知らぬ老いぼれめが」

左門は無視して去って行くが、自己の旧悪まで知られた以上は(生かしておけぬと)伊右衛門は見えかくれにその跡を追う。

ここまで伊右衛門のしぐさを見ていた伊藤喜兵衛は、「これは」と思う。どうやら孫のお梅が恋うている、あの男(伊右衛門)は、塩冶に敵対する強力な味方になりそうだ。「それならあの男を、身うちにしてもいいのではないか」と思うとき、乞食に扮した塩冶浪人奥田庄三郎が、物乞いとして近づき、屋敷の移転を聞き出す。「さては、此奴は塩冶か」と喜兵衛は気づく。庄三郎の持つ廻文状が手に入って、「しめた」と思うが、そこを通りかかった小間物屋、実は佐藤与茂七が、廻文状をとり返す。その与茂七は、お袖の許婚者だが、この浅草境内で評判の楊子屋のお袖(おもんと称している)が、夜は地獄(売春宿)に出ると聞いて興味を持つ。先の直助も茶見世の「かか」から、お袖は隠れ売春をしていると聞いて、それはと喜び、出かけてゆく。


(二)薮の内地獄宿の場

按摩の宅悦が経営している表向きは灸点所に見せかけた地獄宿が、お袖が、親姉にかくれて売春する家である。そこへ茶見世の「かか」に案内されて、直助がやってくる。直助の注文はもちろんお袖。やがてお袖がやって来て、客が直助と知って驚く。じつは客に呼ばれても、帯紐とかず、親の困窮、姉の病気とわけを話し、少しの志をいただくのがわたしの仕事と、お袖は打ちあける。そんならなおのこと、昔と違って商人になった自分には稼ぎがあるゆえ、世話をしたいと直助はくどくが、お袖は従わない。直助は金の入った胴巻をわたし、形だけでも共寝しようとお袖を寝所へ連れこむ。

そこへ、今度は佐藤与茂七が女買いに来た。お袖は直助の部屋から呼び出され、喜んで与茂七の部屋へ来る。暗くしてあるので二人はお互いが分らない。お袖は、「これこれしかじかの仔細あって、恥しながら身は売らず、お客様のお気持だけの喜捨をいただきたい」と訴える。与茂七は、親のためなら吉原へ身を売るがよいと、お袖をなじる。屏風が倒れて明るくなり、「お袖ではないか」、「あれ、与茂七どの」と二人は驚き、お袖は恥ずかしがる。与茂七は許婚者(女房)の身売りを怒るが、お袖は逆に、そういう貴方はなぜこんな所で女買いをしているのかとなじる。痴話喧嘩じみた言い合いの後、それでも好いた同士、久しぶりの二人は抱きあう。

直助は隣室で聞いていて、たまらず「泥棒め」と大声たてて騒ぐ。宅悦が出ると、「女の二重売りだ」と言う。与茂七、お袖も、見れば昔の下郎・直助ゆえ、叱りつけるが、直助はお袖に金を渡したのに、俺とは寝ずに、亭主といちゃつく。これが泥棒でなくて何か。なんならお袖を俺にちゃんと抱かせるかと、開きなおる。金の入った胴巻を、お袖から取り返した上、さんざんに二人を侮辱する直助の憎々しさ。

そこへ藤八(薬売りで直助の相棒)が来て、直助の金を取り上げ、着物までまきあげて退場。宅悦も迷惑がり、与茂七もこのざまを嘲笑して、提灯を下げてお袖とともに退場。あとに残った直助は何かを決意して、与茂七の後をつける。


(三)浅草裏田甫の場(一)

浅草裏田甫は非人乞食たちの溜り場である。乞食たちが、今日の出来事(伊右衛門からの貰い金)を喜んでいる。そこへ浪人・秋山長兵衛が登場し、酒屋の若い者にいいがかりをつけて、連行しようとしているが、中間・伴助と出会う。非人や若い者が消えた後、伴助は、民谷の日雇い仲間の小仏小平が、主家の名薬ソウキセイを盗んで逃げたという話をする。それはけしからぬ、探し出さねばと、二人は退場する。

非人姿の奥田庄三郎が、先の佐藤与茂七と出会う。与茂七は、庄三郎が伊藤喜兵衛に突っかかり、廻文状を取られたような無用心を戒め、自分は今からすぐにこれを山科に知らせるために旅に出る、と言う。「では用心のため、自分のなり(非人姿)に変るとよい」と庄三郎は言い、その場で二人は、衣服を交換する。持っていた提灯も、与茂七から庄三郎に―。

この二人が去ったところヘ、四谷左門が通りかかる。伊右衛門のごとき不義士には、娘お岩を渡せないと、ひとり言。ところが、その生垣から伊右衛門が出て、地蔵を蹴倒し、左門がつまずく所を、ばっさりと斬る。左門が立ち上るのを、蹴倒し、刀を振りあげる。


(四)浅草裏田甫の場(二)

富士浅間神社の賽銭箱の見える浅草裏田宙の別な場所。

直助が頬かぶりして、小間物屋・与茂七の衣裳を着た庄三郎を、出刃包丁で刺し殺している。

「与茂七め、宵の遺恨を思いしったか」と言いつつ、「そうだ人に分らぬように、面の度をはいでおこう」と、顔面の皮をくるくると包丁で巻きとる。包丁はかくす。

そこへ左門がよろめき出る。伊右衛門が追ってきて立ちまわり、斬り殺してとどめをさす。
「老いぼれが、刀の錆となって自業自得だわえ、ざまあ見ろ」という。

その声に直助が気がつき、二人は顔を見合わせ、お互いの人殺しを認めあう。そこへ人が来る様子で、二人はかくれる。

お岩が登場する。手拭いを冠り、安下駄をはき、ござを持ち、その姿は夜鷹(よたか=街娼)である。父を心配する台辞がある。もう一人、今度は提灯を持ったお袖である。おたがいに気づき、姉の姿に、一言いうお袖。それに対してお岩も、お袖の「地獄」勤めの噂を言う。だが、二人はともに父のための、しがなく、わびしい勤めであることを、嘆きあわずにはいられない。

やがて倒れている男二人の死骸に気づく二人。提灯の明りで見れば、一人は父の四谷左門、一人は衣類からどうやら佐藤与茂七。姉妹は思わず死骸にすがりついて、泣く。

「夜陰に何やら女の泣き声」と言いつつ、伊右衛門登場、左門、与茂七の死骸に大げさに驚くふり。そこへ直助も登場し、大げさに驚くふり。そして二人の女の前で、やにわに腹を切ろうとする。

「中間の身分で、お袖様を争って、先に喧嘩をした自分。きっと佐藤様殺しの疑いをかけられるであろう。死んでその疑いを晴らすしかない」と言うのである。

伊右衛門はこれをなだめ、「二人を殺した程の相手は、さぞかし腕の立つ奴。とても女では敵討はできぬ。お前にその気持があるのなら、お袖の後ろだてとなって、敵討の助勢をするがいい」と言う。

お岩は、目でお袖に合図しつつ(直助があやしいと知らせつつ)、お袖に直助と仮の夫婦になって、与茂七殺しの犯人を探せという。また伊右衛門は、四谷左門の敵を討つためにも、お岩と元通りの夫婦になろうと言う。それを、複雑な気持で、「嬉しうござんす」と答えるお岩なのである。伊右衛門、直助は、(にったりと)顔を見合せて幕。


●第二幕(初日中幕)

雑司ヶ谷四谷町の場

(五)伊右衛門浪宅の場

貧しい伊右衛門の浪宅では、妻のお岩は初産が済んだばかり。伊右衛門は傘張りの内職をさておいて、仏孫兵衛(小仏小平の父)と、口入れ屋の宅悦を呼びつけ、家宝の妙薬ソウキセイを盗んで逃げた小平を探し出せと叱っている。ソウキセイは足腰の萎えに著効のある妙薬とか、とすればあの正直者の小平が、その薬を盗んだのは、前主人の塩冶浪人・小塩田又之丞が腰膝の疾病で臥っている、それを助けるためかと、孫兵衛は思案しながら帰る。しかし隣人の秋山長兵衛が、深川のあたりで小平を発見し、関口官蔵らと、小平を縛りあげて連れてくる。薬は無事に伊右衛門の手にもどる。だが盗人をただでは許せぬ、指を全部折ってしまえと、宅悦の制止をふりきって、泣きわめく小平に猿ぐつわをして、三人がかりでさんざんに小平をいたぶる。そこへ、隣家の伊藤家から乳母のお槙が沢山の見舞の品を持って、訪ねてくる。伊右衛門らは、とりあえず小平を押入に隠す。お横は、お岩の出産の祝いを丁寧に述べ、数多くの進物や酒肴を持ちこむ。その上、産婦にと、伊藤家伝来の血の道の妙薬を、伊右衛門に渡す。

別室の戸をあけると、お岩が赤子を抱いている。お横はそのまま帰り、お岩や秋山らのすすめもあって、伊右衛門は高野師直の重臣とは知れていて、気のすすまぬ伊藤の家へ、それでも礼を申しに、秋山らと共に出向くことになり、宅悦には飯をたくように命じ、お岩には伊藤の家からの血の道の妙薬だと、薬袋を渡して出かける。

その後、身体具合のわるいお岩は、日頃にまして冷たい伊右衛門を嘆きながら、伊藤の薬を呑む。すると突如として、猛烈な顔面の激痛におそわれる。宅悦があわてて介抱をするのだが、お岩の苦痛は止まない。そのまま、次の場面に舞台はかわる。


(六)伊藤屋敷の場

伊藤の家、美々しい座敷で、伊右衛門、秋山、関口らが、伊藤後家・お弓や乳母お槙らに接待されて酒宴である。二人の若侍が持ってきた吸物椀の中には小粒銀がたっぷり。伊藤喜兵衛は、これ見よがしに小判を盥(たらい)で洗っていたが、折を見て、秋山、関口を別の部屋へ去らせ、民谷伊右衛門に向って、多額の小判を贈ろうとする。これは何ゆえかと驚く伊右衛門に向って、「実は」と、喜兵衛は隣室の襖をあける。

振袖姿のお梅がいる。喜兵衛も、母のお弓も、お梅に今はすべてを話せと言う。喜兵衛、お弓、お梅のこもごもの話では、お梅は過日伊右衛門を見て恋をし、寝てもさめても忘れられず、やがて転宅して伊右衛門の隣家となって、彼が妻のいる侍と知った後も、この恋を捨てられず、せめて水仕女になっても貴方様の側において欲しいとの願い。

喜兵衛もお弓も、妻がいるのは承知の上、孫娘のためには、伊藤の家のすべてをはたいても、伊右衛門にお梅の聟となってほしいと願う。

聞きとった伊右衛門は、「いくら何でも妻のいる身が、その儀はお受けできない」と答えると、お梅は悲しみ、「あきらめます」と剃刀をとり出して、自害しようとする。それは短慮なと、一同で止めるものの、立ち聞きした秋山が、ここに入って、病弱な妻のお岩にこだわらず、この際伊藤の家に入ったらどうかと薦める始末。「世間の手前というものがある。今さらお岩を捨てることはできない」と、伊右衛門は拒む。

と、何を思ったか、伊藤喜兵衛は、「そういう事なら、私を殺して下さい」という。それはなぜか。喜兵衛は続けて、実はお岩に呑ませた血の道の薬というのは、それを呑めばすぐにも面態が醜く崩れる毒薬であるという。生命に別状はないけれども、お岩が醜い姿となれば、伊右衛門の気持も変るだろうと、ただ孫娘の不憫さに、鬼となって、お岩殿に毒薬を盛ったのはこの私、「さあ殺して下さい」と迫るのである。お梅もまた「死にたい」と言う。

あまりの話に驚きながら、考えこんでいた伊右衛門は、ついに「承知しました。お岩を去っても、娘御を貰い受けよう」と答える。「その代りに、高野へ推挙を」、喜兵衛はそれはもちろんのことと喜び、秋山は「それでは、わしが仲人に」と、ここで事態は大きく変って、場面転換。


(七)元の伊右衛門浪宅の場

薄暗くなった室内にお岩が倒れている。宅悦が行燈に灯を入れて、その明りで見ると、お岩の顔貌は一変している。宅悦は腰を抜かすばかり驚くが、あえて口にせず、「油を買いに行く」と言って外へ出る。

入れ替わりに伊右衛門、「喜兵衛はああ言ったが、お岩の顔はどうなったか」と独言しつつ帰る。お岩を見ると、すさまじい顔。伊右衛門もあきれるが、お岩が心細く、「わたしはいずれ死ぬでしょうが、そのあとよもや」と言いかけると、わざと非情に、「持ってみせるわ。新しい妻をの」と言う。お岩は「敵討の約束は」と言うと、「今どき古風な敵討、俺はいやだ」と突っぱねる。お岩が、「お前さんは新しい女に、わが子を見替えるのか」と言うと、「見替えないでどうするものか」。いやなら出て行け。お前が他の男と不義をしたから、俺も見替えると、とにかくお岩を追い出すための無理難題を言う。お岩は否定するが、伊右衛門はお岩の相手はあの宅悦だと言い、女の為に金が要るのだと、お岩の母の形見の櫛、着ていた衣類、それに赤子を寝かしていた蚊帳まで奪って家を出る。しかも途中で油を買ってきた宅悦に出会い、お岩と不義をしなければ斬るぞと、脅して―。

宅悦はやむを得ず、戻ってきた後にお岩の側へ寄り、お岩の手をにぎりながら口説く。お岩はきっとなって、「慮外者め」と、あたりにあった小平の脇差を振りまわす。
 宅悦は逃げまわって、「嘘でございます。何を好んでお前のような悪女と不義をするものか」と、懐中鏡を渡して、お岩に自分の顔を見ろと促す。

それまでお岩は自分の顔が、かくも無残にただれ崩れて妖怪めいた変貌をとげているのを知らなかった。今、鏡を突きつけられ、どうにも信じられないが、二度見て、三度見て、自分が伊右衛門と伊藤の悪計のために、ここまで醜く変貌させられたのかと、口惜しがる。

宅悦は、伊藤喜兵衛の悪計、伊右衛門が伊藤の孫娘お梅に入聟するため、今やお岩を追い出しにかかっていることなど、全部をお岩に話してしまう。「間男せねば斬り殺すと脅されても、今のお前と不義などできるものか」と宅悦。

だまされ、踏みにじられ、毒を呑まされた口惜しさ、怒り、お岩はここで変ってしまう。「もうこの上は気をもみ死に、息ある内に伊藤喜兵衛めを」と、よろめきながら出かけようとする。しかし、あまりにひどい自分の姿、「せめて女の身だしなみ」と、宅悦が止めるのを退けて、鉄漿(おはぐろ)道具を取り寄せ、髪を梳(す)き、口を染める。以下は台本の引用。

  【お岩】 髪もおどろのこの姿、せめて女の身だしなみ、鉄漿(かね)など付けて髪梳き上げ、喜兵衛親子に詞(ことば)の礼を

ト思ひ入れあり

  【お岩】 コレ、鉄漿(おはぐろ)道具拵(こしら)へてこゝヘ
  【宅悦】 産婦のおまへが鉄漿付けても
  【お岩】 大事ない。サ、早う
  【宅悦】 スリヤどうあつても
  【お岩】 エヽ、持たぬかいの

トじれて云ふ。宅悦、びつくりして

  【宅悦】 ハイ

ト思ひ入れ。これより、独吟(どくきん)になり、宅悦、鉄漿付けの道具をはこぶ事。蚊いぶし火鉢へ鉄漿をかけ、山水(さんすい)なる半挿(はんざや)、粗末なる小道具よろしく、鉄漿付けあつて、件の赤子泣くを、宅悦、かけ寄り、いぶりつける。この内、唄(うた)一ぱいに切れる。お岩、件の櫛を取つて、思ひ入れあり、

  【お岩】 母の形見のこの櫛も、わしが死んだらどうぞ妹へ。アヽ、さはさりながら、お形見のせめて櫛の歯を通し、もつれし髪を、オヽ、さうぢや

トまた唄になり、件の櫛にて髪を梳く事。赤子泣く、宅悦、いぶりつける。お岩は梳き上げし落ち毛、前へ山のごとくたまるを見て、櫛も一ツに持つて

  【お岩】 今をも知れぬこの岩が、死なば正しくその娘、祝言さするはコレ眼前、たヾ恨めしき伊右衛門殿、喜兵衛一家の者どもも、なに安穏におくべきや。思へば[思へば]、エ、恨めしい

ト持つたる落ち毛、櫛もろともに一ツにつかみ、きつとねぢ切る。髪の内より、血、たら[たら]と落ちて、前なる倒れし白地の衝立へその血かゝるを、宅悦、見て

  【宅悦】 ヤヽヽヽヽ。あの落ち毛からしたたる生血は

トふるへ出す、

  【お岩】 一念とほさでおくべきか

トよろ[よろ]と立ち上り、向ふを見つめて、立ちながら息引き取る思ひ入れ。宅悦、子を抱き、かけ寄って

  【宅悦】 コレお岩様[お岩様]、モシ[モシ]

ト思はずお岩の立ち身へ手をかけてゆすると、その体、よろ[よろ]として、上の屋外へばつたり倒るゝ。そのはずみに、最前投げたる白刃、程よきやうに立ちかゝりゐて、お岩の喉のあたりをつらぬきし体にて、顔へ血のはねかへりし体にて、よろ[よろ]と屏風の前をよろめき出て、よきところに倒れ、うめいて落ち入る。宅悦、うろたヘ、すかし見て

  【宅悦】 ヤア[ヤア]、あの小平めが白刃があつて、思はず止めもコリヤ同前。サア[サア]、大変。

トうろたへる。この内、すごき合方、捨鐘(すてがね)。この時、誂(あつらへ)の猫一疋出て、幕明きの切溜(きりだめ)の肴(さかな)へかゝる。宅悦見て、

  【宅悦】 この畜生め。死人に猫は禁物だハ。シイ[シイシイ]

ト追ひ廻す。猫逃げて障子の内へかけこむ。宅悦、追うて行く。この時、簿ドロ[ドロ]にて、障子べたら[たら]と血かゝる。とたんに欄間よきあたりヘ、猫の大きさなる鼠一疋、件の猫をくはへて走り出る。猫は死んで落ちる。宅悦、ふるヘ[ふるへ]見る事。この時、鼠はドロ[ドロ]にて心火となつて消える

  【宅悦】 コリヤ この内にはゐられぬ

ト袍子(だきご)を捨て、向ふへ逃げ行く。


逃げ出した宅悦は伊右衛門と出会う。伊右衛門、内へ入ってお岩を探すが、見つからない。大きな鼠がぞろぞろと出て、赤子の衣類をくわえて引きずってゆく。伊右衛門は赤子を抱き、お岩の死骸を見つけ、小平の脇差が咽喉に立つのを見て、あわてて押入をあける。小平は最前のまま、猿ぐつわに手足は縛られている。

猿ぐつわを外すと、小平は、「且那様、エエあなたという人は、ひどい人だ」と抗議する。伊藤と腹を合せ、お岩の面体を崩す薬を呑ませ、自分は伊藤の孫娘と祝言して、それが侍のすることか、と言うのである。

伊右衛門の悪知恵は、とっさの機転で此の小平をお岩殺しの犯人に仕立て、「お岩の敵だ、くたばれ」と、ずたずたに斬り殺す。秋山、関口が出てきて、伊右衛門はお岩・小平は不義の成敗によって、斬ったと言う。

「それでは両人の死体を戸板に打ちつけ、姿見の川へ流そう」と秋山、関口が、死骸を戸板に打つと、死んだ小平の両手の指が、蛇になってうごめく。

中間の伴助が、伊藤の一行の到着を知らせるので、秋山らは死体を奥へ運び、喜兵衛は紋服・衿、花嫁衣装のお梅の手を引いて登場する。

喜兵衛・伊右衛門は、いまお岩が死んだ此の家で、内祝言をあげたお梅との、初夜をすませようというのである。さすがに、お梅と乳母のお槙は気にするが、大事ない、大事ないと言うのは喜兵衛、そして伊右衛門。母を失って泣く赤子の乳母代りだと称して、喜兵衛もこの家に泊りこむ。

お槙も供の者も、皆々を返し、伊右衛門はひとりになる。屏風のかげにはお梅が待っている。外から秋山らが、「戸板の二人は川へ流して始末はついた」の声。

「ハテ、ものごとはこうもうまくゆくものか」と、伊右衛門は屏風をひらき、お梅に近づく。

「恥しがらずに、今こそ我が夫(つま)と言ってくれるか」と声をかけると、「アイ」と答えて綿帽子をぬいだお梅は、お岩の顔である。伊右衛門を恨めしげに見て、ケラケラと笑う。

「うわっ」と伊右衛門は刀を抜いて、ポンと斬ると転り落ちた首はお梅。鼠がたかる。

「ヤヽヽ、これはお梅か、早まったか」

と伊右衛門は、喜兵衛に、「これ、舅殿、えらい事になった」と声をかける。ふり向いた喜兵衛の顔は小平の顔で、赤子を喰って口のまわりは血だらけである。

「おのれ、小平め」

と、伊右衛門が刀を振うと、首は落ちたが、よく見ると、それは喜兵衛の首であった。

「ヤ、斬ったのはやはり舅か。こんな所にうかうかとは居れぬ」

と、伊右衛門、出口へ行き、戸をあける。戸はぴしゃりと、ひとりで閉まる。伊右衛門びっくりし、たじたじと後にさがる。ドロドロと幽霊の音のうち、心火が燃え上がる。伊右衛門、ぎょっとして、「はて、執念の」と、どさりと坐る。「なまいだ、なまいだ」と手を合せて拝むうちに幕。


●三幕目(初日三幕目および後日の狂言始めでもある)

(八)十万坪隠亡堀の場

深川の奥、塵芥を集めて埋め立てた小名木川沿いの俗称十万坪という砂村新田の一隅に、隠亡掘という不気味な淵があった。その土堤に今は非人に落ちぶれた伊藤後家・お弓と、乳母のお槙が、殺された喜兵衛と娘お梅のことを嘆き、伊右衛門への怨みを報いたいと話し合っている。そこへ仏孫兵衛が通りかかり、戸板に打ちつけた男女の死骸が流れてこなかったかと訊く。女二人は、見てないと答え、わけを聞く。孫兵衛は息子・小平のことを話す。

その時、お弓が持っていたお梅の形見であるお守り袋を、どこからか出現した鼠がくわえて引きずる。お槙はあわてて取り押えるが、鼠はそのまま川へ飛びこみ、お槙も引きずられ、川に落ちる。お弓はあわてて、お槙の帯を捉え引き上げようとする。孫兵衛も手伝うが、お槙の帯は切れて、彼女は水中深く没し、お弓、孫兵衛は、こけてしまう。お弓は、事の始末にウンと気絶してしまい、孫兵衛は気の毒がりつつ、去る。

直助が鰻掻きの姿で、桶、さくを持って登場。「今年は不漁だ」と、ぐちを言いながら川へ入り、鰻の代りに鼈甲(べっこう)の櫛に女の頭髪がついた物を拾う。「こいつは鼈甲だ」と、毛を捨てて磨いている(これはお岩の髪梳きの櫛である)。

一方、花道からお熊(伊右衛門実母)が老女のなりで、卒塔婆と包みを持ち、釣竿を持った伊右衛門とともに登場、伊右衛門の殺人の噂を聞いて、「伊右衛門はもはや亡き者」との世評を作るために卒塔婆を作ったと、これを示す。また、包みを見せて、先の夫の進藤源四郎が塩冶の浪人であり、今の亭主の仏孫兵衛が塩冶の又者(武士に仕える小者)であるため、渡しにくかったが、先に高野師直公に仕えた時に頂戴した、いざという時に役に立つ、師直の御判の付いた御墨付き同然の書類、これをそなたに、と渡す。

伊右衛門はこれを有難く受けとり、「喜兵衛・お梅殺しは、拙者が朋輩、秋山・関口らになすりつけておいたが、まあ卒塔婆はこの辺りに立てられよ」と言う。お熊は「そうしよう」と、卒塔婆を立て、去る。

直助は煙草をのみながらこの話を、ずっと聞いている。

釣りを始める伊右衛門が直助とは知らずに、

「火を借りましょう」
「お付けなされませ」

そして、「もし伊右衛門様、お久しう」と悪人二人の出会いである。

「わたし直助も今は権兵衛、伊右衛門様、いわばお前は、わしにとっては姉の敵だ」

そいつは何故だと訊く伊右衛門に、「わしが女房は(お岩の)妹のお袖。お前とは敵同士」と言いながらも、しかし、「いざお前の出世の暁には、わしも相応の身分にしてもらう。知らねえ顔はなしだぜ」と、ふてぶてしい。伊右衛門もそこは承知、そして釣糸を引くはずみに、先ほどの卒塔婆がこけて、気づいたお弓がこれを見て、

「ヤヤ、父と娘を殺した伊右衛門は、さては死んだか」と驚く。そして「もし、お訊きしますが」

と直助に、伊右衛門の生死を訊く。

直助は、うっかり本当を言おうとして、伊右衛門に突っつかれ、「いや死んだ、死んだとも、今日は四十九日だ」、さらに突っつかれて、「死んだにしても、喜兵衛らを殺したのは、伊右衛門じゃない。秋山、関口らだ」と言う。

驚くお弓を、後から伊右衛門が蹴って、川に突き落す。深みにはまってお弓は死ぬ。

これを見て、直助「なるほどお前は(強悪だねえ)」と言うと、伊右衛門は、笑って、「お主が仕草を(真似たまでよ)」と答える。

突然、秋山長兵衛が駈けてきて、

「世間じゃ喜兵衛・お梅殺しは、俺がしたと言っている。たまったものじゃねえから、これから本当の犯人はお前だと訴人するから悪く思うな」と言う。

「まあ待て。人の噂も七十五日、これを貸すから、遠国へでも行け」と、伊右衛門は、いま手に入れた高野師直の書状を渡す。秋山は去る。

伊右衛門が、まずい奴と会ってしまった、「ひとまず帰るか」と、釣竿をあげようとした時、戸板が流れつく。死骸らしきものがある。伊右衛門が、思わず引き寄せて、菰(こも)をめくると…。お岩の死骸であった。しかも死骸は両眼をあけて、口には鼠が取ったお梅の守袋をくわえて、伊右衛門をじっと見る。伊右衛門も震えあがって、「お岩、お岩、許してくれる、あやまった」と言うが、お岩は、「民谷の血筋、伊藤喜兵衛の血筋ともきっと根だやしに」と、呪うがごとき声音。

思わず、伊右衛門が、「なむあみだぶつ、まだ浮かまぬのか」と言いつつ、戸板を引っくりかえすと、裏には藻をかぶった別の死骸がある。

「ヤ」と見ると、藻が落ちて、今度は小平の腐りかけた死骸(お岩役者の二役早替り)、これも両眼を開いて、伊右衛門を見上げ、「お主の難病、薬を下され」と、手をのばす。

伊右衛門、「またも死霊の(仕わざか)」と、死骸を斬りつけると、死骸は骨となってばらばらと水中に落ちる。

伊右衛門がホッとすると、正面の地蔵のかげから直助が出てくる。一方、下の樋の口から、佐藤与茂七(お岩役者の三役、早替り)がしのび出る。暗中につき、三人ともまわりが見えぬなかで、お互いを探りあうしぐさ(いわゆる「だんまり」)、きまった所で、幕。


●四幕目(後日序幕)

(九)深川三角屋敷の場

深川法乗除門前にある直助の貧家。女房・お袖は、洗濯の手間賃や樒(しきみ)の花、線香を売って暮している。古着屋・庄七が、洗いに出した着物がまだ乾かぬかと催促、米屋の長蔵が米代の催促。さらに庄七がすすぎの注文にとり出した衣類は女物(実はお岩の着衣)で、お袖は姉の物に似ていると思いつつ、盥へ。一方、幼い次郎吉が蜆(しじみ)を売りに来るのを、お袖は買いとって放す。法乗除まで来た仏孫兵衛は孫の次郎吉を連れて帰る。

今日は、お袖の父・左門、それに許婚者・与茂七が同じ場で殺された(とお袖は思っている)その百か日である。

直助が帰ってくる。得物はないが、拾った例の櫛を見せる。お袖が見ると、それは姉が所持して、いずれは自分に呉れるといった櫛に相違ない。直助が、その櫛を質物に持ち出そうとすると、盥の中の衣類から手が出て、櫛をとる。不思議がる直助。直助はお岩の死を知っているが、お袖は何も知らないのである。結局、鼠が現れて櫛は仏壇に納まり、直助も手を出せない。

折から通りかかった按摩が宅悦で、呼び入れたところ、世間話として、お岩が夫の伊右衛門に、それはむごく殺され、伊右衛門は他にも何人も人を殺して行方不明になったという噂をする。お袖はびっくり仰天して、いろいろ問いただす。宅悦はお袖とは顔見知りだったが、お岩の妹とは知らなかったのである。動転して悲しむお袖を前に、宅悦はほうほうの態で逃げ帰る。

直助は、これもお岩や小平の死をはじめから知っていたのだが、いま宅悦の話で、はじめて知ったようなふりをして、「父を殺され、許婚者を殺され、そして姉のお岩を、その夫の伊右衛門に殺され、お前はこれから三人の敵を討たねばならぬ身、かよわい女ひとりで出来るものかねえ」と、意味ありげなことを言う。お袖は直助と、形の上では夫婦のふりをしていても、夫(許婚者)・与茂七の敵を討つまではと、肌身は許していないのである。

しかし、今となっては姉まで殺され、頼りとする者は、あれほど嫌であった目の前の直助権兵衛、ただひとりである。お袖は、酒をあおり、直助に身を許す決心をする。
 その気持を見とって直助は、「助太刀するが、女房になるか」と言う。「必ず見すてて下さるなえ」とお袖。ついに、直助の思ったとおりに事ははこんだのだった。

かくしてお袖が直助に肌を許した、その直後、意外にも佐藤与茂七が、この家へ直助を訪ねてくる。先の夜、隠亡堀のだんまりの立ち廻りで、廻文状を失った折、手に入った鰻掻きの棒に「権兵衛」と名が彫っであったのを手がかりに、探しあてて来たのである。

直助は、戸を開けて与茂七を見て、あっと驚く。与茂七は彼が浅草裏田甫で殺したはずではなかったか。とすれば、幽霊!

「幽霊だ、幽霊だ」

と直助は、むしょうに騒ぐ。お袖が出てみると、なんと死んだはずの与茂七。

お袖は、喜ぶ反面、なぜもっと早く逢えなかったか、たった今だが(直助に身を許して)面目ないと動転する。

直助の方は、あの時殺したのは別人謀殺と知って開き直る。「ヤイヤイ、言い訳する程罪が深いやい。この女はわしに下さい、貰いましたぜ」。与茂七には与茂七の覚悟があって、廻文状が手に入るならばと思うが、直助がそれを簡単に渡すはずがなく、ここに「一人の女房に二人の男」たがいに譲らぬ睨みあいになる。

何を思ってか、お袖は与茂七、直助に、それぞれ何事かを話しかけて、「行燈を消すのを合図に、な…」と言って、一旦は二人を遠ざける。


(十)小塩田隠れ家の場

仏孫兵衛の家である。右手障子の部屋に、病気の小塩田又之丞(義士)が病臥している。孫兵衛女房・お熊が、今日も孫の次郎吉を蜆の売上げが少ないといじめている。孫兵衛はこれをかばっている。お花(小平女房)が帰ってくる。まめまめしく主の又之丞に仕えるお花。孫兵衛は、塩冶の騒動以来の義士たちの話をする。

奇妙なことに、又之丞の夜着や衣類等が入質したはずなのに、増えている。聞けば小平が次郎吉にこれを渡して持たせたとか。孫兵衛は小平の幽霊の仕わざと見当がつくが、お花はなぜ小平どのは、家には姿を見せられぬのかと不審顔。

赤垣伝蔵が、大星由良之介以下、塩冶浪人の討入り前の、最後の打合せに訪ねてきた。腰膝の病はどうか。はたして討入りできる身体なのか。又之丞はせい一杯元気に見せかけるのだが、赤垣は、その気力を買って、配分金を渡す。

ところが、其処へ質屋の庄七、米屋の長蔵が掛けとりにくる。又之丞の夜具等は、質屋から盗まれた(幽霊の小平が盗んだ)ものとわかり、これを取りあげようとする庄七。これを見ていた赤垣、金は払うが、又之丞の討入り参加は、大星は認めないであろうと言いすてて帰る。

又之丞、自殺を志すが、小平の幽霊これを止める。そして妙薬ソウキセイを渡そうとするが、又之丞は小平のために盗みの汚名を受けたと、斬りつける。斬ったのは卒塔婆であった。そしてお花も、小平の位牌を持って泣きながら、駈けこんでくる。

いろいろ事情がわかって、又之丞も小平の忠義に感動する。しかし、「いったい誰が小平を殺したのか」。

その時、子供の次郎吉、走りこんで、霊が憑いて、口ばしる。

「わしを殺したは民谷伊右衛門」

そんなら敵は民谷伊右衛門かと、又之丞、お花がきっとなるが、小平の声は、「いやいったんは主人だった人。それより薬を」という。又之丞、感謝しつつ薬を呑む。たちまちに回復し、かかってくる庄七を、ポンと斬りすてる。幕。


(十一)元の深川三角屋敷の場

「水の流れと人の身は、移り替ると世の譬(たとえ)、思えば因果なわしが身の上、…」と、真ん中に折屏風を置き、みずからの死を覚悟してのくりごとを述べるお袖。お袖の実父は塩冶藩の元宮三太夫といった。また一人の兄が居るとも聞いている。いま、義理の父、姉(四谷左門、お岩)を非業に死なせて、その敵が討ちたいばかりに、夫(許婚者・与茂七)を裏切って、直助に肌を許した上は、生きてはいられないというのがお袖の気持である。それ故に、与茂七、直助の二人に言いふくめ、二人の手にかかって死ぬ手筈をとりまとめたのであった。

遺書と臍の緒状を残して、行燈の灯を吹き消すお袖。屏風の蔭にかくれる。

灯を消したを合図として、与茂七と直助が右と左から、暗中を手さぐりで、忍び忍んで入ってくる。屏風を見つけて、二人はそれぞれ屏風越しに、中の人を刺す。わっという悲鳴に、仕すましたりと、与茂七、直助。

その時、さしこむ月の光に見ると、刃に貫かれて苦しんでいるのは、お袖ではないか。

「これは」と驚く、与茂七と直助に、お袖はみずからが死なねばならぬ事情を語る。

与茂七はなぜ自分を死んだと考えたかを聞くと、浅草裏田甫で見た死体の衣類が…との答え、それは同じ義士仲間の奥田庄三郎と交換した衣類であった。つまり、直助が殺したのは与茂七と思いこんで、じつは奥田庄三郎であったのだ。

それを聞いて、直助は驚き、また愕然となる。与茂七が、それを察して、「さては」とにじり寄るのを、お袖は止め、直助に、この書き置きを、兄なる人にどうぞと言う。それを見ると「元宮三太夫の娘袖」。

「ヤヤヤヤ、すればお袖は元宮の…!」。直助は叫び、与茂七が捨てた刀で、お袖の首をぽんと斬り、自分はどかりと尻もちをついて、呆然となる。

与茂七は驚き、直助をなじる前に、直助は出刃包丁を腹へ突っ込む。

腹を切って、血を流しながらの、直助の告白が始まる。

お袖の実の兄、「元宮三太夫の枠」とは直助であった。直助は知らずに、実の妹とちぎったのである。さらに、直助は奥田将監の家来であり、直助が殺したのは、その将監の嫡男である庄三郎であった。妹とはつゆ知らず、藩に居た時から、お袖をつけまわしていたのが因果のはじまり、

「だまし討ちに殺したは、古主の御子息庄三郎殿と、聞いて知ったはたった今、親姉夫の仇敵、討ってやろうと偽つて、抱き寝をしたは情けない、この直助が血を分けた、妹と知ったはこの書物(かきもの)。槍一筋の親は侍、その子は畜生主殺し、末世に残る直助権兵衛」と、血を吐くような最期の言葉。そして与茂七に、廻文状を返して、死んでゆくのであった。


●五幕目(後日中幕)

(十二)夢の場

(幕の前に、大きな「心」という字が吊されていて、それが上へ吊りあげられて開幕)。
 唐茄子の蔓が這い、夏の花の咲き乱れる美しい田舎の家が舞台。お岩が美しい田舎娘の姿で、糸車にかかっており、そこへ鷹狩りのついでに鷹を探しにきた、羽織、袴、美々しい衣裳の待となった伊右衛門が登場する。秋山長兵衛は中間姿で随行している。これはすべて、伊右衛門の見た夢という仕立てである。

七夕祭りの日、牡丹燈籠の趣向。

「女中、許しやれ」と、伊右衛門、田舎家を訪ねて、「風雅な住居じゃ、身どもはこの近辺に住む者」と、美女お岩に近づきを求める。中間の長兵衛と元同僚であったのに今は折助とは何だといさかいになる。お岩が割って入り、酒などすすめる。

伊右衛門、お岩に気のあるそぶり。

「そなたは、この辺りの百姓の娘か」
「アイ、わたしやこの辺りの民家に育ちし、賤(しず)の女子(おなご)でござります」
「アヽ、そなたは民家(みんか)の娘か。民家は民谷(たみや)、わが家名じゃ」

それから色模様になり、

「岩によう似た賎の女の、振り袖姿は、以前に変らぬ妻のお岩に」
「岩に堰(せ)かるるその岩が、恋人かえ」
「色にするのじゃ、人の見ぬ間に」
「また移り気な」

これを外から見た長兵衛が、

「アリヤなんだ、人間じゃあるまい」と言う。軒の燈籠に仕掛けで、お岩の顔が現れる。また家に這いまとった南瓜が、一ぺんに残らず人の顔になる。「南無阿弥陀仏、こんな所に居られぬ」と長兵衛逃げる。

その時、ゴーンと「時の鐘」、不気味な伴奏者とともに民家の簾があがる。

「なんのそなたを嬲ろうぞ。お岩と申した妻もあつたが、いたって悪女。心もかたましければ離別」
「すりや先妻のお岩さん、それほど愛想がつきて、未来永劫見すてる心か、伊右衛門さん」
「そういうそなたの面ざしが、どうやらお岩に」
「恨しいぞエ、伊右衛門殿」

美しいお岩が飛びのくと、鼠が伊右衛門に飛びかかる。お岩は、一気に幽霊お岩に変貌し、

「さてこそ、お岩が執念の…」
「ともに奈落へ誘引せん、来れや、民谷」
「おろかや、立ちされ」

伊右衛門はあたりを斬りまわる。お岩はこれを連理引きに苦しめる。糸車に火がついて火の車となり、廻る。この姿のまま、次の舞台に移るが、その前に「心」の文字が幕の前に下りる。


(十三)蛇山庵室の場

貧しい下町の民家風な庵室。庵主浄念が中心になって、近所の者等で、百万通念仏。外は雪景色で、流れ灌頂の具、そろっている。雪降っている中で、進藤源四郎(お熊の前夫、伊右衛門の義父である)、六部として此の庵に到着した状態。

右手、紙帳の内で病臥していた伊右衛門がやつれた病人の姿で、転がり出て、「おのれ、お岩め、立ち去らぬか」と刀を抜こうとするのを、皆々で止め、「また起りましたか。気を鎮めなされ」と取りすがる。伊右衛門、胸をなでおろし、「アア、夢か。はてさて恐しい。いまだ死なぬ先から、この世からあの火の車へ。南無阿弥陀仏[南無阿弥陀仏]」と、疲れきった様子。

源四郎が声をかける。辛うじて答える伊右衛門。やがてまた百万通がはじまる。伊右衛門は、

「お頼み申します」と言う。

お熊が出て、先日渡した高野のお墨付きによって、高野方へ召しかかえられることを言う。小林平内が、その使者で来たが、その証拠のお墨付きを、伊右衛門は(秋山に渡して)いま持っていない。小林は呆れて帰ってしまう。ところが、その秋山が乞食のなりで庵室の門口に寝ている。伊右衛門は外へ出て、流れ灌頂の白布に水をかけて、お岩の成仏を祈る。しかし、伊右衛門のかける氷は、白布にかかる前に火となって燃える。

その布の上から、お岩の幽霊が赤子を抱いて現れる。腰から下は血、歩くと雪の上に、点々と赤い足跡。

伊右衛門、恐しくて後ずさりに家の内へ。お岩幽霊ついて来る。紙幅の上にも赤い血の足跡がつく。

伊右衛門は、「はて執念の深い女め。これよく聞け」と、義士の手引きをするために不義士に見せかけたのだ、と嘘を言う。その上、赤子まで殺したのは、血筋を絶やすとの狙いか、恐しい女めと罵る。

お岩、抱子を見せ、渡す。鼠が多数出現。伊右衛門が赤子を落とすと、一転石地蔵になる。お岩は見事に消える。

伊右衛門、秋山を見つけて、お墨付きを返せと言う。秋山、鼠の怪異が続くから返すと言う。しかし、お前のせいで人殺しが続くと話す。

その間、舞台の上から逆さまのお岩の幽霊が、秋山の首をくびり殺し、しかも秋山を吊し上げて欄間の内へ引きこむ。血汐落ちる。

伊右衛門、「これもお岩が」と呆れる。

源四郎が、伊右衛門を「道わきまえぬ、不忠者めが」と責める。「勘当じゃ」。源四郎去る。

障子があくと、お熊が鼠に責められて、のた打っている。伊右衛門、撞木杖で鼠を追い、皆々に百万遍を乞う。皆々、南無阿弥陀仏と百万通の念仏を唱えるが、その間に、お岩の幽霊があらわれて、お熊をさいなむ。伊右衛門にだけ、それが見える。

「またも死霊じゃ。眼前じゃ。さあ念仏を、念仏を」と伊右衛門。

お岩、伊右衛門を見つめながら、お熊を喰い殺す。

百万遍の皆々にも、お熊の喉が喰いやぶられて血だらけになっているのが見えて、「わっ」と数珠を捨てて逃げる。

伊右衛門、「おのれ死霊め」と斬りまわる。障子が倒れると、進藤源四郎の首くくりの死体がぶら下っている。お岩幽霊は、この時にはっと消える。

伊右衛門、無念のこなし。

この時、捕手大勢あらわれ、伊右衛門にかかる。

「死霊のたゝりと人殺し、どうで逃れぬ天の網、しかしいつたん逃れるだけは(逃れてみせよう)」と、伊右衛門、捕手たちをさんざんに斬る。そこへ、あらわれたのが佐藤与茂七。

「女房お袖が義理ある姉、お岩が敵のその方をば、この与茂七が助太刀して、討ちとるまでだ」と斬り結ぶ。立ちまわりの内、佐藤与茂七、伊右衛門を斬る。

「これにて成仏得脱の」と与茂七、しかし伊右衛門はなおも、「おのれ与茂七」と立ちかかる。

心火燃えて、鼠がたかるなかで、幕。


(十四)大切

『四谷怪談』に「大切」はないが、この後は、雪しきりに降るなかで、『忠臣蔵』十一段目、討入り、大星由良之介ら、高野師直を討ちとる。

2017.03.17 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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