これは、もともとgooブログの方にあったのですが、こちらに再掲します。

高田衛は、その著書『お岩と伊右衛門~「四谷怪談」の深層』(洋泉社、2002年)の第1章「女はなぜ幽霊になるのか」で、諏訪春雄の『日本の幽霊』(岩波新書、1988年)をあげ、それぞれの時代の幽霊観はその時代の地獄観に連関することを指摘している。ここでは、高田の書を用いて、近世の地獄絵図で示された近世の女性観を示し、「女はなぜ幽霊になるのか」を考えてみたい。




●熊野比丘尼がひろめた地獄絵図

日本に具体的な地獄思想を啓示・普及したのは、源信の『往生要集』であった。しかし、もう一つ、熊野比丘尼が唱導した地獄がある。『熊野観心十界図』(『熊野の絵』、『熊野観心十界曼荼羅』ともいう)である。現在は資料の散逸し、ほとんど重視されることがないが、熊野比丘尼の唱導した「地獄極楽」は近世において一般的であった、と高田も考えている。

萩原龍夫・著『巫女と仏教史―熊野比丘尼の使命と展開』(吉川弘文館、1983年)によれば、熊野比丘尼は室町時代から絵解きを中心に地獄極楽の唱導を行った。近世前期頃から、都市においてはしだいに零落し、「色比丘尼」化して街娼化したが、地方においては『熊野観心十界図』を携行して、長く旅の唱導者として、小寺院などと結びつきながら活動していた。

この地獄絵は、中央上部に「心」の字を置き、その上に半円形の「山坂」を描き、その上を歩く子供、男女、老人を描いて、人生を示している。また、図の中心部には「盂蘭盆(うらぼん)の施餓鬼(せがき)」と「賽(さい)の河原と地蔵」が大きく描かれている。そして、主部に罪人を裁く閻魔王や獄卒たちが描かれ、下部には「八寒地獄」「剣の地獄」「衆合地獄」など、いろいろな地獄が描かれている。

しかし、注目すべきは、その他に「不産女(うまずめ)地獄」、「両婦(ふため)地獄」、「血の池地獄」が描かれていることである。この三つは、女の地獄であって、男が堕ちる地獄ではなかった。
●「不産女地獄」

最近、話題になっている酒井順子・著『負け犬の遠吠え』(講談社、2003年)によると、「どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは『女の負け犬』」なのだそうだ。また、雅子皇太子妃殿下がご病気になられた原因の一つに、男子を産めという宮内庁などからの暗黙の圧力があったからではないかという報道もある。このような話を聞くと、これから説明する「不産女地獄」と通じるものが、現代にも生きているのではないか、と戦慄を覚える。

「不産女地獄」は、武久家本では、閻魔王の裁きの場の直下に描かれている。白衣の女の亡者が、竹藪のなかで泣きながら、その竹の根を掘っている場面である。そして、手にしているのは竹箆(たけべら)などではなく、灯心(とうしん)なのである。固い竹の根が、ふにゃふにゃの灯心で掘れるわけがない。しかし、女の亡者たちは来る日も来る日も、灯心での竹の根掘りを続けなければならないのだ。

不産女とは「石女」とも書き、子を産めない女をさす。そのなかには一生独身のため、子をつくる機会のない女もいたかもしれない。また、結婚しても、本人あるいは配偶者の体質が原因で、子を産めないこともある。もちろん、子を産めない体質であっても、それはその女性の責任ではない。しかし、ここでは、そのことがその女の責任であり、罪悪であるとして、責めつづけられているのだ。


●「両婦地獄」

「両婦地獄」は、武久家本では、掛幅図の右下の「無間奈落」のすぐ上に描かれている。二人の蛇女が真ん中の男に巻きついて、顔を上げ相互に噛みあっている図柄である。太宰治は『津軽』のなかで、幼時、津軽の金木町の雲祥寺の「地獄極楽の御絵掛地」を見て、「めかけを持った人は二つの首のある青い蛇にからだを巻かれて、せつながっていた」と、理解した。


両婦地獄(青森県金木町雲祥寺)



「両婦地獄」の解釈と絵解きは、伝承者によってちがっていた。別名を「二女狂(ふためくるい)地獄」ともいい、二人の女に二股かけた男が、地獄に堕ちて蛇化したその二人の女に、永劫に責められる地獄として解釈されたらしい。男の浮気心を戒めるものとして説明されたのだろう。

しかし、熊野比丘尼が実際に絵を示して説きひろめたときには、そんな解釈はなかったはずである。なぜなら、室町から近世を通じて、男と女をめぐる「一夫一妻多妾制」は、公然たる制度であり、上は天皇、将軍から、下は町家、農民にいたるまで、男が二人もしくは二人以上の女を所有するのは、制度上当然のことであって、そのこと自体では人倫に反したことではなかったのであった。したがって、二人の女を持ったから地獄に堕ちる、という論法は成り立たなかったのである。

それどころか、その二人の女が嫉妬の鬼となり、男を争うという形になるならば、逆にその二人の女の方が、それぞれの嫉妬の邪念によって、地獄に落ちる要件を備えてしまう、そういう時代だったのである。

中世の「蛇髪譚(じゃはつたん)」はつぎのような話である。

男には正室と側妾がいるが、男の自制もあり人柄もあり、二人は仲良く助けあって日々を過ごしている。ところがある日、二人の女が同室で眠っている間、二人の女の髪がそれぞれ蛇と化し、おそろしい勢いで相手側を襲いあうのであった。男はふとしたことで、それを垣間見て慄然とする。女二人は心から仲良くしようと努めあっているのだが、眠りこんで正体を失ったとき、無意識のうちに相手を憎みいどむ心が黒髪を蛇と化して、たがいに争ったのである。男はこれを見て、現世の汚辱をはかなみ、これを機縁に、家を捨て、髪を剃って出家する。

この話の背景には、女がどんなに賢く努めても、本来の嫉妬心を捨てることはできず、眠りのなかですら蛇と化す、という差別的女性観がある。これをさらに露骨に図像化すると、「両婦地獄」のイメージが成立する。


●「血の池地獄」

「血の池地獄」は、武久家本では、掛幅図全体の右下隅に、いかにも毒々しい真紅の色で描かれていた。血の池は、女の経血という「穢れ」によって成り立つ池なのである。そこに9人の裸身の女性が沈められ、業苦に泣き叫んでいる。赤い池の水とは対照的に、女性の裸身は蒼白に描かれており、そのうち3人までが頭に角が生え、身体は蛇になっている。女は「血の池」に堕ちて蛇になるのか、それとも女の本体は蛇であって、それが「血の池」においてはじめて顕現するのだろうか。もっとも、救いがないわけではない。武久家本の場合、血の池から二本の蓮の葉が生えており、その上に2人の白衣の女人が合掌している。女人が罪障をつぐない、深く仏に帰依するれば、成仏の道がないわけでもない、と唱導しているのだ。

『血盆経』によると、「女たちは月ごとに経水をしたたらせ、出産時は血露を下して地神の項を汚蝕する。また血で汚れた衣裳を谷川で洗って水を汚す。多くの善男善女は知らずにその水を用いて茶を煎じ、諸聖に供養して不浄を致してしまう。それで天大将軍に『善悪部』のなかに女人の名を記させ、百年後、命終をまってこの苦報を受けさせるのだ」というのが、女人を「血の池地獄」ヘ堕とす理由なのである。

女性が「血の池地獄」ヘ堕ちる理由は、経血であり、出産の血穢なのだ。女として生まれた以上、成人すれば経血、出産は当然であるが、これでは女として生まれることが、すでに重大な罪であり、女として生まれた者は、全員「血の池地獄」ヘ堕ちるということになる。

このような理屈の上にグロテスクな「血の池地獄」が設定されているのは、明らかに女性そのものを嫌悪し、罪悪視し、忌避する、差別思想によっている。そこでは「女」はすでに「蛇」あるいはそれ以上に穢れて醜悪な存在と見なされているのである。


熊野比丘尼が説く女の地獄
(上:両婦地獄、左:不産女地獄、下:血の池地獄)



注目すべきは、三つの女の地獄の絵解きを、聞き手の女子どもに対して、女の熊野比丘尼が語り、唱導するということである。女の熊野比丘尼が、女の地獄の恐ろしさ、いたましさを、聞き手に伝え、聞き手の女は同じ罪を背負っているはずの、同性の比丘尼の口から、女であることの悲しさと恐ろしさ、おぞましさ、冥界に待ちうけている暗く恐しい自分たちの運命を聞くのである。しかも唱導者は遊行賤民としての被差別民なのである。


●女の地獄から女の幽霊へ

現実に、子を産めない女に対する周囲の目は、氷よりも冷たかったであろう。わが男が自分の他に、女を作って可愛がっているのを見せつけられたときの、女の激しく身をこがす嫉妬の妄念は、とても自己抑制などのきかない、いわば女にとっての生きながらの地獄であったであろう。そして男にはない、月のさわりを持つ女が、そのゆえに独立した人格として扱われることなく、いわば男の付随物、奴隷的な位置に置かれているという日常の、無念さ、いらだち、腹だたしさは、女の思いを無意識のうちに執念ぶかくさせ、非社会的にしたかもしれない。それは、近世において、女たちが生きながらすでに「女」という地獄のなかに置かれていたということではないか。

そういう女たちには、救済者待望の心意が生ずる。熊野比丘尼の地獄語りは、そういう女たちの心意にこたえ、仏の救済を説きつつ、グロテスクで陰惨な女の地獄の様相を、一種の鏡像として、女たちに突きつけているということである。それは熊野比丘尼その人が、被差別という闇を背負っていることで、一層リアルに受けとられたにちがいない。また、ここでしばしばとりあげた祐天が、大奥の女性たちから支持され、ついには浄土宗教団のトップになったのも、同じメンタリティによるものであろう。

近世において、女は、自己の鏡像としての地獄をすでに持ち、存在としてすでにデモーニッシュ(悪魔的)だったのである。まだ仮説にすぎないが、と高田は断っているが、近世にあって幽霊といえば「女」の姿が見えてくるのは、そのような女たちへの差別、そして女たちが自らの心に抱いた、闇の暗さのせいであったのだ。

2017.03.17 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/7954-e0a2fc39