4月16日(日)放送のNHKスペシャル「熊本城 再建 “サムライの英知”を未来へ」を録画して見た。

震度7を記録した熊本地震で甚大な被害を受けた「熊本城」。“復興のシンボル”となっている城の「再建」は、多くの被災者の悲願だ。再建に向けた第一歩として、立入禁止区域内での調査を特別に許されたNHK。4Kカメラを搭載したドローンの撮影で城全体をデジタルデータ化、精緻な「立体モデル」を製作した。その結果、意外な事実が明らかになってきた。数万個の石が崩落した文化財の「石垣」。明治時代に修復された部分で被害が目立った一方で、築城当初に造られた石垣のほとんどは地震に耐えていたことがわかったのだ。400年前のサムライは“地震に強い城”をどう造り上げたのか。私たちは、最新科学と歴史検証で知られざる“ミステリー”に迫ることにした。一方、「サムライの英知」を未来へとつなぐ再建。そこには大きな壁が立ちはだかっている。余震が相次ぐ中で石垣がふくらみ出し、新たな崩壊の危機が高まっているのだ。文化財の価値を守りながら、どう耐震性を高めるのか、模索が続く。熊本地震から1年、熊本城に隠されていたサムライの英知に迫ると共に、戦後最大の文化財被害からの再建に密着する。

熊本城 再建 “サムライの英知”を未来へ

“サムライの英知”とか言ってるけど、“職人の英知”じゃないの?とツッコミを入れたくなった。

熊本城というと、「武者返し」が有名だ。従来は、攻め手が登れなくするために、これをつくったと言われていたが、耐震性のためだという結論になった。「武者返し」は、加藤清正が1593年に朝鮮半島で築城した倭城にはなく、1596年の慶長伏見地震を体験した後、1599年から築城した熊本城で多用されるようになったからだ。ちなみに、手前が清正流石垣、後ろが細川時代に築かれた石垣とのこと。



熊本地震によって、明治以降に陸軍が積んだ石垣は30%も崩れているのに、安土桃山~江戸初期の石垣は10%しか崩れていないとのこと。

ただし、耐震性を考えたら、古い時代の“野面積み”の石垣の方が高い。



天空の城・竹田城がもてはやされたとき、ワイドショーですらやっていた。自然石なので、石と石との接着が面でなく点なので、地震力を逃がしやすいからだ。“打込み接(はぎ)”や“切込み接”だと、面で接着するので、地震力が逃げにくい。

だから、清正流の石垣も、中でぐり石が崩れ、表面が出っ張っていて、いつ崩れてもおかしくないところがあるそうだ。

2017.04.19 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/8082-6916afc1