佐々木俊尚[著]『「当事者」の時代』(光文社新書、2012年)の第三章「異邦人に憑依する」から「太田竜の〈マイノリティ憑依〉」について考える。


太田竜(1930-2009)といえば、かつては新左翼運動の指導者であり、近年では陰謀論者として有名であった。その彼が社会に大きく影響を与えたのは、彼の思想というよりも、ここで説明する〈マイノリティ憑依〉という所作であろう。

 太田竜の論理は、きわめて単純明快だ。世の中を、「まともに働けばメシが食える人びと」と「まともに働いてもメシが食えない人びと」に二分する。後者は市民社会から排除されている人たちであり、かっぱらいや乞食や強盗やすりなどを働かないと生きていけない。そういう彼らの生命活動ひとつひとつが市民社会に反するもので、だからこそ彼らだけが市民社会を乗り越える職業革命家となりうる。

     (中略)

 しかし二十世紀後半に差しかかり、高度成長を謳歌していた六〇年代の日本では、大半の国民は「失うものなど何もないプロレタリア」ではない。豊かな生活を楽しむ中産階級の市民になっているからだ。

 そんな彼らが、革命の主導権を握れるわけがない。そこで革命をリードするのは、やはり失うものなど何もない「市民社会から排除されている人たち、底辺労働者や社会的弱者に決まっているだろう」とマイノリティや最下層への降下を太田竜は説いたのだった。
太田竜のこの扇動は単なるアジテーションにとどまらず、実はきわめて巧妙なしかけを隠し持っていた。

 なぜならこの論理は、当時の学生運動が超えられなかった「繁栄する日本社会」という壁を一気に飛び越えることを可能にしたからである。

 繁栄する日本社会は、その内側に企業社会に属するサラリーマンや専業主婦、そして叛乱する学生たちをも内包している。その「自分の立ち位置」を意識する限り、誰もそのインサイダーとしての場所からは逃れられない。インサイダーの内側から学生たちが社会を変えようとしても、「これほど繁栄している日本社会に対して何を求めるのか?」という圧倒的多数の他の日本人たちの無言の圧力にその叛乱はかき消されてしまう。

 しかし太田竜の「辺境」論は、これまで社会のインサイダーとして閉塞感に悩んでいた若者たちを、一気に社会のアウトサイドヘと(少なくとも精神的には)押し出すことに成功した。

     (中略)

 それは第三者であり、傍観者である立ち位置を身につける技たったともいえるかもしれない。インサイドの当事者であることによって引きうけなければならない苦悩も、アウトサイドに出てしまうことによって、取り払われる。アウトサイドに出れば、社会のインサイダーとしての当事者としてではなく、空を飛ぶ鳥のような俯瞰的な視点で、外部から汚れた社会を見下ろすことができるのだ。

 このアウトサイドとして太田竜が提示したのが、社会的弱者の棲息する「辺境最深部」だった。

 この場所では、弱者が転じて神のようなものとなる。マイノリティの視点を身につけた者こそが、神の視点を持つ。これは実に見事な百八十度の転回だったと言わざるを得ない。

 このきわめて巧妙な構造によって、苦悩する当事者たる活動家たちは一瞬にして第三者へと変身し、高みへと昇りつめ、日本社会を見下ろすことができるようになる。

 これはつまりは「憑依」である。

 つまり乗り移り、乗っ取り、その場所に依拠すること。狐憑きのようなものだ。マイノリティに憑依し、マイノリティに乗り移るのだ。そしてその乗り移った祝祭の舞台で、彼らは神の舞いを演じるのだ。

     (中略)

 この〈マイノリティ憑依〉は一九七〇年代における、新たなパラダイムだった。それは新しい神話の創生だったと言ってもいいかもしれない。

 そして太田竜という奇怪な革命家は、図らずもそのパラダイムの最初の斬り込み隊長を務めていたのである。

 神域である辺境最深部で、豊かな市民社会に生きている自分をいったん変えてしまい、原始共産制のような辺境の掟を身につけて、弱者たちを集めて革命を起こそう、というのが太田竜の思想だった。

 そして太田竜はそういう辺境からの革命を行う者を「世界革命浪人」と呼んだのだった。なんて勇ましい言葉!

 このコロンブスの卵的な辺境論は、行き場をなくして閉塞していた当時の学生運動の活動家たちの心に強く響いた。

同書288-293頁

この〈マイノリティ憑依〉は〈被害者抜きの加害者〉論と結びつくことで、とんでもない害毒を発し続ける。

〈被害者抜きの加害者〉論の誕生

《それは、被害者でない人たちを全員、加害者の側に押しやれてしまうこと。自分たち被害者以外はすべて加害者として断罪できてしまうこと(同書325頁)》なのだ。

2017.05.31 | | トラックバック(0) | コメント(0) |












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