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タヌキちゃんが長崎県学校図書館教育研究会『平成24年度 読書感想文・感想画 優秀作品集 ―未来へ夢を育む―』で「中学校の部・自由読書の部」で最優秀を取った感想文。





中学生の感想文のレベルではない。←だから、最優秀なんだけど。w

しかし、これの最大の見どころは、中学2年生が「超自我」について語っているところ(1枚目の下段の「普段の生活の中でも」から始まる段落)。w

高校生になって「現代社会」で「防衛機制」を習うんだけど、「第二局所論」について(用語集には載っているが)先生が言及しなければ、未だに中2の感想文で書いたことが「超自我」だと気づいていないかも…。w

これまで、タヌキちゃんが無意識や言語学に造詣が深いことを書いてきたけど、

構造主義者ねる
自明性の喪失

中2でこれなんだから、納得した。w

それと同時に、タヌキちゃんに「お前さんの考えてることは、言語学や心理学を学べば、解決するんだよ」と指導できなかった教育の敗北ですね。w

その結果がコレだったんだな。w

二人セゾンなブログ記事w



もう一つ、その1つ前の段落(1枚目下段の「他にも」から始まる段落)は、レヴィ=ストロースの「贈与論」と同じ内容だ。くわしくは

贈与論~私たちが欲するものは、まず他者に与えなければならない~

の後半、内田樹[著]『寝ながら学べる構造主義』からの引用部分。
【2018年11月6日追加】

自由読書の部
最優秀

 レ・ミゼラブルを読んで


二年 長濱ねる


 ジャン・ヴァルジャンとはどういう人だったのだろう。主人公のジャン・ヴァルジャンはいろんな人との出会いの中で苦労を重ねながらもそれを幸せに変えていった。フランス革命まっただ中という重たく暗い時代に、最後の最後まで、人のために尽くし生きぬいた人である。

 私はこの物語の中で、ジャヴェルという刑事がとても印象に残っている。ジャヴエルは、ジャンが昔、子供の為におかした罪を追い続け、「法」に忠実に行動し捕まえようとしていた人物だ。ついに、ジャンを捕まえるチャンスが訪れる。しかし彼は追い続けてきた中でジャンの優しさ、自分を犠牲にしてまでも人に尽くす場面を何度も見ていた。だから捕まえることをためらい苦悩の末、彼はジャンを逃がす。私だったらどうだろう。ずっと追ってきた犯罪者を目の前にして…。私もやはり、ジャヴェルのようにジャンを捕まえることはできないだろう。ここで彼は犯罪者=悪人という自分の考え方が偏っていたことに気付いたのではないかと思う。彼は、それに大きなショックを受け、最後は自ら命を絶ってしまった。

 価値観の違いによって起こる問題は、日常生活の中でもよくあることだ。「人ひとりが自分の価値観だけにとらわれているとうまくいかない。人それぞれの考えがあってあたり前で、だからこそ一緒に生活することが楽しいのだと思う。相手が自分と違う考え方ということを理解した上で、自分の考えを主張し相手を尊重することが大事なのだ。

 他にも、ジャンはいろんな人に出会う。この物語に描かれている人物はとても印象的だ。自分を裏切り盗みを働いたジャンを許し、そのうえ、自分の大切にしていた銀の燭台を与えて逃がしたミリエル司教。ジャンは司教の広大な心に衝撃を受け、そして改心を誓う。彼はもう二度と司教に会えないということを分かっていたはずだ。しかし、いつでも心のどこかに「司教に恩返しをしたい」という気持ちはあったと思う。だから彼は、誰も見ていなくても、司教が見てくれていると信じ、一生を人の為にささげた。

 普段の生活の中でも、このようなことを考える事がある。良いことをした時や悪いことをした時に、誰も見ていないと思っていても、そこには冷静に見つめる自分がいる。だから良いことをした時には気持ち良くなって、人にも優しく接することができる。そうすると不思議なことに他人からも助けてもらったりするので[あ]る。私はこれを「良いことの連鎖」と考えた。逆に悪いことをした時に、仮に誰も見ていなかったとしても、一番近くで自分自身が見ている。そう気づいた時、その後の罪悪感にはおそらく耐えられないだろう。そして、必ずどこかで「負の連鎖」がおこる。私は母から「どんなことも一番近くで自分が見てるんだよ。聞いてるんだよ。」ということを幼い頃から言われて育ってきた。この言葉は私の心のどこかにいつも存在している。だから、この物語からそういうことを感じ取ることが出来たのだろう。ジャンもいつでも心の中に「恩人、ミリエル司教」が存在していたのではないだろうか。ジャンに大きな影響を与えた司祭は、どんなに悪いことをした人も受け入れ「すべてを許す心」を持っている。ジャンを追い続けたジャヴェルは、人に対しても厳しいが「自分に対してもとても厳しい心」を持つ。そしてジャン・ヴァルジャンは「自己を犠牲にしても人のために生きる心」を持つ。私たち人間の持つ様々な心を、この物語では、一人ひとりの登場人物として描いたのだろうと私は思った。

 「レ・ミゼラブル」の意味を調べてみた。それは哀れな人々という意味だった。はたして、本当に彼らは哀れな人々だったのだろうか。貧困で辛い生活を強いられていたが、その中でも幸せや楽しみを見つけ、がむしゃらに生きぬいてきた。彼らは、決して哀れではなかったのではないかと思う。この物語は重く暗い話ではあるが、私はその中に生きることの意味を感じ取ることができた。

 私はジャンのように人のことを思う心、人の為にすぐ動くことができる行動力をはたして持っているだろうか。ジャヴェルのように自分に厳しい心を持っているだろうか。ミリエル司祭のようにすべてを許す広い心を持っているだろうか。まだ持っていない私は、何をしたらいいのだろう。

 これからの日々の中でその答えの手がかりを探りながら、生活していきたい。私がこの先大人になっていく間に、たくさんの人と出会い、様々な考え方に触れることができるだろう。そうしてまた、もう「度この本を続み返してみようと思う。きっと未来の自分は、今の自分にはない答えを見つけてくれるはずだ。

ヴィクトルユーゴー(作)豊島与志雄(訳)
『レ・ミゼラブル 上・下』(岩波少年文庫)

2017.08.02 | ├ 欅坂/日向坂46 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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