まどちゃん(森保まどか)が住んでいた家と、ねる(長濱ねる)の実家がけっこう近かった。だいたい6kmなので、バスなら15分くらいの距離だ。




まどちゃんの家があったのは、某ハウスメーカーが開発した新興住宅地で、卒業した小学校は、長崎市内でいちばん新しくできた小学校。この学校は、まどちゃんが長崎市観光大使になって、ランタン祭りの皇后の役をやったときに、後輩にバラされてしまった。しかし、2008年開校だから、まどちゃんは、小学5年生のとき、転校?してきたことになる。

ちなみに、『弱虫ペダル』の作者・渡辺航氏は、まどちゃんが2年生まで通っていた中学校の先輩である。じつは、今年のまどちゃんの誕生日の前日(7/25)、渡辺氏はこの中学校で講演を行っていた。w


ねるは、長崎市内で生まれ、幼少期を五島列島で過ごし、小学生の頃、諫早市に引っ越したようだ。ねるの卒業した中学校は、バドミントンの試合の記録で(軍曹=守屋茜の出身中学を探したのと同じ)、一部のヲタには知られている。ここからだと、将来、働きたいと通っていた長崎空港も、CMが笑えると言っていたボートレース大村も近い。

ねるが進学したのは、某県立高校(公立でいちばん偏差値の高い高校)で、自宅から電車で通っていたらしい。トンネルだらけで、ケイタイが使えなかったと話していたが、ホントにそうなのでワラタ。

この学校がある長崎市西部は原子爆弾の爆心地でもある。お祖母さんから被曝体験を聞いて育ったと『長崎新聞』のインタビューに答えていたので、お祖母さんもこの辺に住んでいたのだろう。


長崎出身の芸能人としては、爆心地の北に、さだまさし氏の通っていた小学校がある。ただし、さだ氏は、お父さんが引き揚げ者で、長崎出身の戦友のつてで長崎に移り住んだので、身内に被爆者はいない。また、福山雅治氏の出身小学校は、爆心地の南、稲佐山の麓にある。彼が稲佐山でライブを開くのはそんな理由からなのだろう。美輪明宏氏の実家は、市の中心部の元石灰町にあったので、家は被曝しなかった。しかし、祖父母を探しに、爆心地に行ったので、そこで原子爆弾の悲惨さを目撃したようだ。蛭子能収氏は、熊本県の天草市に生まれ、グラバー園のさらに南の方に住んでいた。

2017.08.05 | ├ 欅坂46 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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