FC2ブログ
今年の夏は、ねる(長濱ねる)とまどちゃん(森保まどか)のせいで、「クスノキ~10代がつむぐ平和へのメッセージ~」

クスノキ3
クスノキ4

以外にも原爆関係の番組を見た。

原爆が投下された長崎浦上地区。カトリック信者と被差別部落の人々は、戦後ながく被爆体験を黙して語らなかった。差別と闘い、やがて体験を語り始めた浦上の戦後を描く。

72年前の8月9日、原子爆弾が投下された長崎・浦上地区。古くから弾圧を受けてきたカトリック信者、そして被差別部落の人々が暮らしていた。生き残った被爆者たちは、戦後長きにわたって自身の被爆体験を語らず、沈黙してきた。差別があったからだ。しかし、後世に自分たちの体験を伝えようと、近年、重い口を開き始めた。差別と闘いながら、生き抜いてきた長崎浦上の人々の戦後を描く。

ETV特集「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」



かつて長崎にも“原爆ドーム”があった。爆心地近くにあった教会・浦上天主堂だ。戦後、原爆の悲惨さを語る遺構として、注目されていた。長崎市はずっと保存する方針だったが、突如、長崎市長と教会のトップが取り壊しを主張。市民の反対運動もむなしく、姿を消すことになった。決断の背景には何があったのか?長崎市と教会、二人のトップの足跡をたどってアメリカへ。さらに当時を知る関係者を徹底取材。大いなる謎に迫る。

【出演】宮崎香蓮,【語り】松重豊

BS1スペシャル「幻の原爆ドーム ナガサキ 戦後13年目の選択」



世界にも類をみない“戦災ビッグデータ”がある。1945年8月6日から今に至るまで、広島市が蓄積してきた約56万人に及ぶ被爆者たちの記録『原爆被爆者動態調査』。被爆直後、警察が医師とともに作成した検視調書や、救護所などがまとめた死没者名簿の上に、戦後、市が集めた戦災調査や個人データも加えられ、今も更新が続けられている超一級データだ。NHKは今回、この元データを初めて市から入手、最新のビッグデータ解析技術を駆使し、時系列に並べて地図に落とし込んだところ、特定の被爆地や、死没日、死因に極端な死者数の偏りがある“原爆死ホットスポット”が存在していたことがわかった。なぜ“ホットスポット”は生まれたのか。そして人々はそこでどのようにして亡くなっていったのか――。原爆投下から72年、知られざる被爆の真実に迫る。

原爆死 ~ヒロシマ 72年目の真実~

政府は「唯一の被爆国」という言葉を使うが、原子爆弾で被ばくしたのは広島と長崎の市民で、オイラの家族や親族は誰も被ばくしていない。政府は、核兵器禁止条約に批准しないばかりか、会議への参加も拒否した。そして、「黒い雨」を浴びた人たちを被爆者に認定していない。

長崎は被ばくしたというが、被ばくしたのは浦上地区であって、長崎市民でも、まどちゃんのように、家族・親族に被ばく者がいない市民も多い。「長崎が被ばくしたんじゃない、浦上が被ばくした」という長崎市民もいるくらいだ。



浦上地区の住民はカトリック信者が多い。その指導者が「我々は神に捧げられた仔羊である」と言ったため、信者は被ばくの被害を強く訴えることができなかった。浦上地区の南に位置する旧浦上町には、被差別部落があった。そこの住民も、被ばくの事実を隠して、暮らすことを強いられた。さらに、幕末、被差別部落民が隠れキリシタン弾圧に関与したため、カトリック信者と被差別部落民との間にも軋轢が存在した。

ねるは「(祖母の存在が)自分にとって誇りですね」というが、それが差別につながることをどれだけ理解しているのか? 原爆への関心が薄い東京で、彼女の言葉にどれだけ発信力があるのか、それを聴いてもその先にあるものをどれだけのヲタが理解しているのか?

いろいろと考えさせられる夏だった。



原爆関係以外にも以下の番組が印象深かった。

731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~
樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇
戦慄の記録 インパール

2017.08.28 | ├ TVネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/8580-3210b727