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南堂ちゃんがこの記事

NHK の地震番組 MEGAQUAKE

のコメント欄で

 2011年の地震では、仙台の地下街が水没したという報道がなかったので、不思議に思っていたが、事実が判明した。

> 仙台駅は国内の大都市圏のなかでは例外的に地下街がない(地下通路はある)。
  → http://j.mp/2OtxJjN

 そうだったのか。仙台は幸運だった。
 他の都市では、そうは行くまい。

などと書いていたので、

地下街の有無とは関係なく、海岸線から10km内陸で、標高36メートルの仙台駅には津波は来ない。

津波は、名取川から広瀬川を遡ったが、海から約10kmで標高9mの東北本線鉄橋まで到達しなかった。

とコメントしておいた。オカシナ反論があるかと思ったら、素直に認めたので、逆に驚いた。w

実際には、もっと下流の国道4号線(仙台バイパス)の千代(せんだい)大橋までしか到達しなかったわけだが…。

浸水範囲概況図13(PDF 1.8MB)

仙台藩の城下町・仙台もそうだけど、古代の陸奥国府・多賀城も標高が高く(30m)、大津波を想定していたように思える。実際に貞観地震の津波は多賀城には到達しなかったわけだから…。

陸奥国府が多賀城に移る前の郡山遺跡は標高10mくらいで、東日本大震災の津波は避けられたが、もっと大きな津波だと危なかったかもしれない。

この遺跡のさらに内陸にある蛸薬師堂(仙台市太白区長町)は、1611年の慶長三陸地震の大津波で「観音様に蛸がついてこの地に打ち上げられた」との伝説がある。

蛸薬師堂の言い伝え

ただし、名取川から広瀬川を上ってきた津波が、瑞鳳殿付近で蛇行する河道に阻まれ、それ以上進めずに溢れ出したのかもしれない。

貞観地震の津波での末の松山については

末の松山浪こさじ

で簡単に書いたが、もっとくわしい記事が

セフティ 臨時号 東日本大震災 p.12

にある。

これには慶長三陸地震の波切不動堂(仙台市宮城野区榴ヶ岡)、念佛田と波凪(仙台市宮城野区岡田)、浪分神社(仙台市若林区霞目)についての記事もある。蛸薬師堂については載っていないが…。

2018.08.02 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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