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「『文明』と闘う女サイボーグ戦士 浜崎あゆみ」が入試問題になっていたそうな。

●拙著「Jポップの心象風景」(文春新書)の第6章「『文明』と闘う女サイボーグ戦士 浜崎あゆみ」が、恵泉女学園大学2006年度入試の国語の問題として、第3章「成長なき時代の成長物語-GLAY」が、帝塚山大学2006年度入試の国語の問題として使われました(06.5.11)。

UGAYA Journal

さて、オリコンに5000マソ円で訴えられてる烏賀陽弘道さん。…の駄文を入試問題に出すとは…。大学も必死だな!wって感じですね。

さて、ジャニーズの悪口(←じつはホントのこと)をネタにした記事にうっかりコメントしてしまった結果、オリコンに訴えられてしまった烏賀陽さんですが…。

■オリコン訴訟についての記事インデックス■

はっきり言って「浅い」人です。←新聞記者なんてそんなもんだと言ってしまえばそのとおり…。勝谷誠彦タソだったら、「築地踊り」の末路などと揶揄するでしょうけどね。w

築地踊り(つきじおどり)
  勝谷誠彦タソが『朝日新聞』を揶揄するのにつかう言葉。勝谷タソが『朝日新聞』の左翼的言説をバカにして使っている。この意味での使用には、まったく積極性がないとオイラも思っている。しかし、大新聞社の記者が書いた記事は、大新聞社の看板(と保護)があるから読んでもらえるのに、自分の実力だとカン違いしてしまう、という意味での使用には積極的な意味がある。

この意味で、「築地」から離れた烏賀陽さんがどのような「踊り」を見せてくれるか、楽しみですね。

「『文明』と闘う女サイボーグ戦士 浜崎あゆみ」だって、対象(この場合はAyu)への徹底的な取材をしたわけでもなく(当然、AyuのCDをちゃんとぜんぶ聴く、などの手間はかけていない)、また、彼のAyu論を支える理論だってツギハギだらけの一貫性をもたない理論であることは言うまでもない。w

だいたい彼の理論では、Ayuファンのサイレント・マジョリティである女性ファンの存在を説明できない、と思うんだけどね…。

あと、せっかく斎藤環タソの『戦闘美少女の精神分析』(筑摩書房、2006年)を引用してるのに、

       ,、,、,、
    ~ロW.l●~"~:.,
      |::|/ ノ 人 ヾヽ
      .|~~| ノノ   ヾ ヾ)
       | .| ℃)  ℃)6)
       .| .|、""∀""ノ
       | |∬);;(∬
       |  ハハ,,__,,,ハハi
       ヽ(;;;;;;;人;;;;;;) |
         .|| |:| |:| || |
         .). |:| |:| (| .|
        .|:| |:| |:| |__|
        |:| |:| |:| |::|
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      . /   /`-´`、W`ヽ  ./ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       /\ノ     `、/、 |  Ayuタソはファリック・マザー
       (:::::/        |::::::) |
      .|:::::|        |:::::|  |  「去勢不安」から守ってくれるお
      |:::::|        |:::::|  \__  __________
       |::::|         .|::::|      \(
     /:::::|        . |:::::ヽ        γ⌒\
    .(;;;;;;/||        . ||ヽ;;;;;)      (^ω^ )

…というノイズィー・マイノリティ男性Ayuファンの「心象風景」も説明できない。wwwww

ファリック・マザー
  そのものズバリ、チ○ポの生えた母親。チ○ポと言ってもリアル・チ○ポのことではなく、ファルス=象徴的なチ○ポのこと。くわしくはつぎの「去勢不安」で…。

去勢不安(きょせいふあん)
  幼児はすべての人間にチ○ポがついていると思っている。当然、女の子や母親にも…。ところが、お風呂に入ると、母親や女の子にチ○ポがついていなくて、ひじょうに驚く。そして、「自分のチ○ポもなくなってしまうかも…」という不安をもつ。また、男の子は自分のチ○ポをいじるのが好きだ。でも、あまりいじっていると、父親から「チ○ポをちょん切るぞ!」と脅される。このチ○ポをちょん切られる不安=去勢不安から逃れるため、母親を自分だけのものにするという欲望を押さえ、父親の権威を受け入れる。…というのだ。w

これだけでは意味不明だが、ようするに、父親の権威=社会の掟を受け入れることで、人間が社会化されることを、象徴的に語っているのである。女性の場合は、ぜんぜんちがうのだが、それはここでは語らない。

オタクは、社会化されることを拒み、それゆえに「ファリック・マザー」の代用品である戦闘力(=ファルス、象徴的なチ○ポ)をもった美少女に耽溺するのだそうだ。一部男性Ayuファンのなかには、自らの去勢不安からAyuに救いを求めている人(ただし、彼らは、Ayuに救われてるんじゃなく、Ayuを救おうとしている、と言う)もいるんだが…。オマエはどうかって? オイラはちがう。たぶんちがうと思う。ちがうんじゃないかな。まっ、ちょっと覚悟はしておけ…。(爆)

某ファンサイトで、社会的な常識から考えてありえない妄想(マサがバーニング系マスコミを使ってAyuを叩いている等)を語る人々は、なぜか「セーラームーン、危うし!」的にAyuを語るでしょ。で、「それは妄想でしょ! そんなことありえないもん!」っていういと、「社会的常識を持たないマサならやりかねない」って答えるでしょ。自分を投影してるんだよね。w




追加

よく読んでみると、烏賀陽さんの理論がどのようにツギハギなのか、という話が抜けていた。w

彼がつかっているのは、宮田登さんの民俗学、斎藤環さんの精神分析(フロイト─ラカン)とユングの元型論なんだけど、これらをテキトーに混ぜたのが問題なんですよ。

だいたいユングは、上で説明したファリック・マザー/去勢不安のような、やたらと性にこだわるフロイトの考え方がイヤだったから、元型論に行ったわけです。だから、ユングは草葉の陰できっと怒っていると思いますよ。ちなみに、斎藤さんは逆にユングからラカン(フロイト)に行ったんだけどね…。

宮田登さんの本は、大昔に読んだことがあるけど、すっかり内容を忘れてしまった。w ただ、日本の民俗学もそれ自体の文脈をもっているわけで、「大力女」を安易にファリック・マザーやアニマに繋いではいけないのだけれど…。

学者と呼ばれている人たちは、上記のそれぞれの学問の文脈のなかで論文を書いているわけで、ある文脈とべつの文脈を繋ぐのがホントにたいへんなのです。で、それらを繋ぐために研究史ってヤツをやらねばならないのです。ひとつの文脈の中でさえ、自分の仕事を位置づけるのだってたいへんなのに、これだけ異なった分野のなかで位置づけるのはホントたいへんなのです。だから、ふつーはやらんのですよ。w

だけど、シロートはそれを平気でやっちゃうんだよね。その結果、画期的な理論ができれば(゚∀゚)イイ!んだけど…。どーみてもそーじゃない。orz

さらに、烏賀陽さんがやってることは「プロクルーステースの寝台」だよね。ギリシア神話に出てくる強盗プロクルーステースは、旅人を自分のベッドに無理矢理に寝かせ、旅人の身長が短かすぎるときには彼を叩き延ばすか、重しをつけて引き延ばし、ベッドが短かすぎると、身体の端を切り落して、ベッドに合わせ、旅人に大きな苦痛を与えた。

なんか、Ayuをむりやり「『文明』と闘うサイボーグ女戦士」にしたてあげたような印象がぬぐえない。w

2007.01.05 | Ayu(浜崎あゆみ) | トラックバック(0) | コメント(0) |












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